ベビーカステラの可能性を求めて③
アリスへの質問を終えたあとは、とりあえず近くの人からということで、リリアさんの意見を聞くこととなって、リリアさんの屋敷に移動した。
クロの要望ということもあってリリアさんはすぐに時間を作ってくれ、執務室で話を聞くことになった。
「……ベビーカステラの新たな可能性、ですか?」
「うん。そういうわけで、リリアちゃんの意見を聞きたいんだ」
「お話は分かりましたが、そもそも私はベビーカステラを食べた経験自体が少ないので、正直何処までお力になれるか……」
「え? そうなの?」
「ええ、祭りなどに参加する機会は少なかったですし、騎士団の仕事以外で王城から出る機会も少なかったので……」
言われてみれば、なるほどという感じではある。そもそも、リリアさんは元王女だし、ルナさん曰く結構な箱入りとのことだ。串焼きが好きだったりという面はあるが、それも直接購入に行くのではなくルナさんなどに買ってきてもらっていたみたいだし、本当に出店になにかを買いに行くという経験自体が少ないのだろう。
「……そ、そうだったんだ……リリアちゃんに、そんなに辛い過去が……気付いてあげられなくてごめんね」
「……え? 辛い過去? あっ、いや、別にそういう話では……」
「お嬢様、御労しい……冥王様の好物たるベビーカステラをあまり食したことがないなど、人生の幸福の7割を失っているようなものです」
「そんなにですか!?」
クロがなんか、もの凄い悲痛な表情で告げて、狂信者が深々と同意した。もちろん、リリアさんも俺もベビーカステラが幸福の7割を占めるような人生は送っていない。
ただ、こういう馬鹿馬鹿しい言い回しでも、リリアさんは律儀に反応してくれる。
「……リリアさん、このふたりの言うことはあまり気にしないで大丈夫だと思います」
「そ、そうですね……」
「ほら、クロ。ベビーカステラの可能性を聞くんだろ?」
「あっ、そうだった。つい、リリアちゃんのあまりに壮絶な過去に言葉を失ってたよ……今度ベビーカステラいっぱい送ってあげるね」
「やめてあげて、リリアさんが可哀そうだから……」
とんでもないテロ行為の発言を聞き流しつつ、話は戻ってベビーカステラの可能性についてである。リリアさんは、真剣に悩むような表情を浮かべたあとで口を開いた。
「……あえて、高級な感じにしてみる……など、いかがでしょう?」
「……なるほど、ボクはいままでベビーカステラは庶民的なお菓子であるべきって思ってた。だけど、それが逆に視野を狭める結果に繋がっていたかもしれない。あえて、いままでとは逆の方向性を追求することで、新しい可能性も模索するってわけだね」
「え? あ、はい! その通りです。私にはこれぐらいしか思いつきませんが……ルナやジークはどうですか?」
自分の意見を出したあとで、同じ部屋に控えていたルナさんとジークさんに話を振ると、ふたりとも真剣に考えるような表情を浮かべ、まず先にルナさんが口を開いた。
「ベビーカステラそのものへの意見ではないのですが、一緒に頂くものも考えてみるのはいかがでしょうか? たとえば、同じクッキーでも紅茶が違うと味わいが変わるものですし、同じようなことがベビーカステラにも言えるかもしれません」
「なるほど、斬新な考えだね。確かに、ベビーカステラそのものに手を加えるばかりが味を変化させる方法じゃない。一緒に飲むもの、あるいは合わせて食べるものなんかに着眼点を置くことで、違ったアプローチも試せるってわけだね。ありがとう、ルナマリアちゃん、凄く参考になったよ!」
「あっ……尊い……」
クロから満面の笑顔でお礼を言われたルナさんは、えもいわれぬ表情で……立ったまま意識をどこかへ飛ばした。あまりの喜びに気絶したようだ……さすがの狂信者っぷりである。
そして、そのタイミングで今度はジークさんがなにかを思いついた様子で口を開く。
「……クロム様、リグフォレシアに精霊樹の果実を使ったベビーカステラがあるのはご存知ですか?」
「ああ、宝樹祭とかの期間限定で作るやつだよね。ボクも何度か買って食べたよ」
「では、精霊樹の葉を使ったものは食べたことはありますか?」
「……え? それは食べたことがないかも……そんなのもあるの?」
「はい。といっても、私も話に聞いただけなのですが、精霊樹の葉を煎じて練り込むベビーカステラで、癖が強くて市販したりには向かないようですが、好きな人は物凄く好きな味だとか……そういった、ある種の珍味方面に研ぎ澄ませるのもひとつの手かと……」
「なるほど、万人に受けるわけじゃなくても、一部の人に強烈に刺さるような味わいか……確かにそれも、可能性のひとつだね」
ジークさんの言葉を聞いて、クロは興味深そうな表情で頷いた。リリアさん、ルナさん、ジークさんと、三者三様の意見を貰ったことで、クロとしてはかなり参考になったみたいだった。
……でもまだ終わりになるわけじゃなくて、次は同じくシンフォニア王都ということでフィーア先生の診療所を訪ねることになった。
シリアス先輩「お~書籍版とはかなり違う展開だ。確かに、書籍版のタイミングだとリリアはクロとあまり親しくなくて緊張しまくってたけど、海水浴とか経て親しくなってるからガチガチの印象は無し……そして、書籍版では和解前で訪れることの無かったフィーアの元にも普通に行く感じか」




