ベビーカステラの可能性を求めて①
重信さんの自宅訪問は終始和やかなムードで進み、夕食までご馳走になった。重信さんもハンナさんも本当にいい人で、楽しく過ごすことができた。
以前茜さんが言っていた通り、また異世界人皆で集まったりしたいものだ。
と、そんなことがあった翌日……その日は珍しく、クロが朝早くから俺の家を訪れていた。クロは基本的に日中は忙しくしていることが多く、夜に訪れることが多いので朝から来るのは珍しい。とはいえ、頻度は低いというだけで、朝から来ることも度々あるのでおかしいというわけでは無い。
普通に迎え入れて俺の部屋で例の如くベビーカステラを食べながら雑談していた。しかし、少しするとクロがなにやら迫真の表情で重々しく告げる。
「……そろそろボクのベビーカステラも、一段階上のステージに進むべきじゃないかと思うんだ」
「……う、うん?」
「ベビーカステラには無限の可能性がある。だけど、ボクはまだその可能性のほんの一部しか引き出すことが出来てないと思う。そのためにはいままでと同じアプローチだけじゃなくて、多角的な視野での挑戦が必要なんだ。幸い、シロと地球神が契約を見直したおかげで、異世界特有の食材もいくつか新しく入ってきてる。躍進すべきタイミングだと思うんだ」
「……」
またクロの持病が顔を出したのか……魔界の頂点の一角ともいえる六王がドシリアスな顔で告げるのが子の台詞なのである。本当に、このベビーカステラへの熱意はいったいどこから来るのやら。
あと、強いて言うならあまりよくない出だしである。ただの雑談で終わりそうな感じではなく、なんというか行動が伴ってきそうな予感がある……話変えちゃ駄目かな? 俺としては、そのベビーカステラの可能性とやらの話をあんまり広げたくないんだけど……無理だろうなぁ。
「というわけで、カイトくん! ボクと一緒にベビーカステラの新たな可能性を追い求めよう!」
「これ、嫌って言うのはあり?」
「さすが、カイトくん! 快く了承してくれて嬉しいよ!」
「理不尽にもほどがある……はぁ、けど新たな可能性を追い求めるって、具体的になにをするんだ? できれば、方向性ぐらいは決めて欲しいって思いがあるんだけど……」
強制イベントかな? こっちの返答がYESで固定されたまま進んでるんだけど……いや、まぁ、クロがベビーカステラの話を始めた時点である程度は諦めていた。
ともかくベビーカステラのことになると頑固な上に暴走しまくるからなぁ……。
「う~ん、そうだね。ボクとカイトくんっていう、『ベビーカステラ研究会』の主力メンバーが揃っているとはいえ、闇雲に探して見つかるものでもないよね。確かに、目指すべき方向性は大事だね!」
「……」
いったい俺はいつ、その聞くだけで頭痛がしそうな研究会に主力として所属したのだろうか? しかし、不本意ながら心当たりがないともいえない。
この世界に来てからほぼ毎日ベビーカステラを食べてるわけだし、それこそ様々な味を経験しているので、ベビーカステラのことをよく知っていると言えなくもない。
なんなら、ベビーカステラを食べた数だけなら人間としては相当上位に食い込むのではないかと思えるほどだ。まぁ、繰り返しになるが大変不本意ではある。
「う~ん、やっぱりここは第三者に意見を求めてみるのはどうかな? ボクとカイトくんがベビーカステラに対する深い知識を持っているのはいいことだけど、だからこそ固定概念にとらわれてしまっている部分もあると思うんだ。だから、いろいろな分野の人から話を聞くことで、いままで見えていなかった側面が見えてくるかもしれないと思うよ」
「そ、そっか……えっと、つまりあちこち回ってみて料理が得意そうな人とかに相談してみる感じか?」
「そうだね。けど、料理が得意な人に限定する必要はないと思う。欲しいのは新しいアイディアだから、意外と料理から縁遠い人の方が斬新なアイディアを持っている可能性だってある。ともかく、大まかな方向性としては、新しいアイディアの獲得と、それを実際に落とし込むって感じだね」
「なるほど……」
まぁ、なんだかんだで方向性としてはマトモ……なのか? 実質的にはあちこち知り合いに会って回る感じだし、変則的なデートとも言えなくはないか……。
「ところで……カイトくんはさ、究極のベビーカステラってなんだと思う?」
「……一番美味しいベビーカステラかな?」
「うん、たしかにソレもひとつの究極の形といえるのかもしれないね。でも、味覚ってのは千差万別だし、必ずしも自分にとっての究極の味が、万人にとっての究極の味ではないと思うんだ」
「そ、そうだな……」
「それに、ベビーカステラは高級料理じゃない。必ずしも、美味しさを追い求めることだけじゃだめだと思うんだ。手軽さやホッとする優しい味ってのも、ベビーカステラの魅力のひとつだし、そういった側面を損なって一面だけを追い求めたものが……果たして、究極のベビーカステラって言えるのかな?」
「……む、難しいな」
……よくもまぁ、ベビーカステラについて、そこまで真剣に考えられるもんだ。あとその答えの出なさそうな哲学的な話、まだ長くなるのかな? もうこの辺で止めて、さっさと出発したいんだけど……。
「そう、難しいんだ! ベビーカステラには、無限の可能性がある。だからこそ、選べる選択肢も多い……簡単には答えが出そうにないね」
「あ、あぁ、そうだな……まぁ、その辺はあとでゆっくり話そう。とりあえず、時間も無限にあるわけじゃないし、さっそく出発しようか」
「あっ、そうだね! よ~し、新たなベビーカステラの可能性に向けてしゅっぱ~つ!」
「お、おー」
ともあれ、こうしてひょんなことから俺は新たなベビーカステラの可能性の探求に巻き込まれることとなった。
シリアス先輩「これは、書籍版9巻の書下ろしエピソードのWEB版って感じか?」
???「そんな感じっぽいですね。書籍版と比べて交友関係が遥かに広くなってるので、質問する相手とか変わりそうな気がしますが……てか変わってください。9巻通りなら、アリスちゃんが苦労する話じゃないっすか……」




