後輩たちを紹介
フライングボードの大会の夜にイルネスさんと晩酌をした際、今度一緒に遠出する約束をした。どこに行くかとか、場合によっては泊りがけでとか、いろいろ考えておく必要はあるが、とりあえずはすぐにというわけではないで、イルネスさんと相談しながら決めることにしよう。
さて、直近に行うことといえば重信さんの家を訪ねる約束をしていること、翌々月にアメルさんとアルクレシア帝国のお祭りに参加ってところかな?
とりあえず重信さんのところには後日行くとして、今回は葵ちゃんと陽菜ちゃんを香織さんの店に連れてきた。前々から連れてこようとは思ってたのだが、タイミングが合わずに遅くなってしまった。
葵ちゃんと陽菜ちゃんは転移魔法具は持ってないので、俺が連れてくる必要がある。クロに聞いたところ、葵ちゃんが時空間魔法の適性があるのでいずれ転移魔法を覚えることもできるかもしれないとのことだが、転移魔法は極めて高度な魔法なので習得にはかなりの時間がかかるみたいだ。
葵ちゃんも転移魔法の本を読んだりしていたが、使えるようになるまで何年かかるか分からないと言ってるぐらい難しいみたいだ。
周りにポンポン使える人が多すぎるせいで誤解してしまうが、転移魔法は本当に難しい魔法である。
ともあれ、今回ふたりを連れて香織さんの店に行くと、香織さんは開店前にも関わらず大歓迎してくれて、俺たち三人にご馳走してくれるとのことだった。
「ふたりとも、好きなもの食べてくれていいからね!」
「ありがとうございます、香織さん」
「ありがとうございます。どれも美味しそうですね~。こっちの世界で定食を食べれるのは嬉しいですね」
ニコニコと笑顔で告げる香織さんに、ふたりとも楽しそうにメニューを見ながらなにを食べるか相談しており、それを見た香織さんはしみじみとした表情で頷く。
「うんうん……そうだよ。こういう可愛い後輩を待ってたんだよ」
「その前に遭遇した相手は、可愛くないみたいに言いますね」
「私の胃を全力で殴ってくるような後輩が果たして可愛いのか……即答は難しいね」
苦笑しつつどこか呆れた目を向けてくる香織さんに、割となにも言えない。オリビアさんが常連になったのも、俺のせいといえば俺のせいなので……それでもまぁ、可愛くないと言い切らない辺りはなんだかんだでいい人である。
そんなことを考えていると、香織さんはふと思いついたように口を開いた。
「そういえば、重さんと会ったんだよね?」
「ええ、フライングボードの大会に出た時に偶然」
「あ~そういえば、重さんの住んでる辺境で唯一賑わう行事だとかって聞いたことがあるよ。ハイドラ王国は遠すぎて、あんまり行く機会がないから見たことないけどね」
たしかに、転移魔法具が無い状態だとハイドラ王国は遠いし、転移屋を使うとそれなりの金額だ。さらに、重信さんの住んでいる場所は近くに転移屋も無いので、最寄りの大き目の都市から馬車などで移動する必要がある。
ちなみにフライングボードの大会の時だけは、スポンサーに転移魔法を使える方が複数居るのでそういう人たちが転移魔法で送ってくれる。
そんなことを考えている間に葵ちゃんと陽菜ちゃんが注文を決める。俺も鶏竜田揚げ定食をお願いした。香織さんが手早く作ってくれた定食を食べつつ、会話を続ける。
「茜さんの予定が合えば連れてってもらうのもいいかもしれないね」
「茜さんとは仲良いんですか?」
「うん。結構な頻度で食べに来てくれるよ。仕入れとかも安く取引してくれるし、助かってるね」
「なるほど……けど、よく考えると俺はこれで移住している元日本人とは全員知り合いましたね」
「そういえば、もうひとりいるんだよね?」
香織さんがまだ会っていないのは、正義くんだ。いちおう俺の母さんと父さんもいるのだが、あのふたりはまた移住とも違うので、説明が難しいので除外している。
あくまで召喚事故によってこちらに来た四人の中で会っていないのは、正義くんである。
「ええ、いまはシンフォニア王国で貴族になってますね。最近結婚したばかりで、忙しくしてるみたいなので今回は誘ってませんが、またいずれ連れてきます」
「あ~そっか勇者役の子なんだよね。実際移住して貴族になるってどんな感じなんだろうね? 重さんも茜さんも私も利用しなかった制度だから、ちょっと聞いてみたい思いはあるね」
「まぁ、正義くんは第二王女と結婚したので、特殊な例といえば特殊な例ですね」
「……快人さんが言いますか?」
「快人先輩は特殊の塊みたいな存在じゃないですか……」
「そっかぁ、私たちにとってだけじゃなくて、割と身近なこの子たちから見てもやっぱおかしいんだね」
なんだろう、この謎のアウェー感……三人の心がひとつになっているような気さえする。なんとも言えない視線に、俺は目を逸らしつつ竜田揚げを口に運んだ。
シリアス先輩「果たして、正義さんが再度登場するのはいつになるのやら……もう本当に、恐れ多くて呼び捨てにできない」
 




