決勝レース⑥
まさかの場面で遭遇した大蔵重信さんに改めて自己紹介を行う。
「えっと、ご存知みたいですが、改めて宮間快人です」
「おう、快人って呼んでもいいか? こっちの世界に住んでると名前呼びの癖がついちまってな」
「あ、はい。大丈夫です」
「俺のことも好きに呼んでくれ重信とか、香織ちゃんみたいに重とかでもいいぞ」
さすがにいきなり重さんと呼ぶのも気が引けるので、ここは重信さんと呼ばせてもらうことにする。そして、俺の自己紹介が終わった後で重信さんは葵ちゃんたちの方を向く。
「えっと、そっちの子たちも日本人だよな。たしか、召喚事故があったとか……」
「あっ、はい。楠葵です」
「柚木陽菜です」
「ッ!?」
ふたりが自己紹介すると、重信さんは何故か大きく目を見開いて驚愕した。そのよく分からない反応に首を傾げていると、重信さんはしばし沈黙したあとで驚きを隠せない表情で口を開く。
「……もしかして、楠グループの……そうか……こんな縁もあるのか」
「えっと……」
「ああ、悪い。ずいぶん成長していたし、何十年も経ってたからすぐには分からなかったが……知ってる相手に会うとは思わなくてな」
「……私のことをご存知なんですか?」
どうやら重信さんが驚いたのは、葵ちゃんに関してであり、口ぶりから察するに葵ちゃんのことをしているみたいだった。
葵ちゃんも驚いたような表情で聞き返すと、重信さんはなんだか……少し寂し気な表情を浮かべた。
「何度か会ったこともあるが……そりゃそうか、こちらの世界に移住を決めた時点で、そっちの世界の私の存在は最初から居なかったことになっているんだ。分からなくて当然……いや、仮にそうじゃなかったとしても、これだけ老けてりゃ分からないか……」
「えっと、つまり、この世界に召喚される前に葵ちゃんに会ったことがあるってことですか?」
「ああ、私はちょっとした会社の長男でな……いや、まぁ、楠グループと比べるとちっぽけな会社だが、後継者候補として出席したパーティなどで会ったことがある。といっても挨拶を交わした程度だが……そもそも、その時は私も10代だったしな……いやはや、時間の流れが違うというのは頭では理解していても、こうして目の当たりにすると……浦島太郎にでもなった気分だ」
そうか、こちらの世界と向こうの世界では時間の流れが10倍近く違う。こちらで10年経っても向こうでは1年……おそらくかつては一回りも年が違わなかったであろう葵ちゃんと再会して、何十歳も年齢差があると頭では理解していても驚くのは無理もない。
「……まぁ、おぼろげな記憶ではあるが、あの事とは印象がかなり違う気がするな。あの時はなんつぅか、冷めきった目をしてたからな」
「いえ、たぶん今でもパーティとかでは同じです。私、あの家死ぬほど嫌いなので……」
「ははは、なるほど……」
葵ちゃんは本気で実家……楠グループを毛嫌いしており、成人したら即座に縁を切ってやると真面目に宣言しているレベルである。本人曰く「そもそも数えるぐらいしか会ってないので、親の顔もほぼ忘れている」とのことだ。
葵ちゃんの性格上マジで成人したら縁切りを実行しそうだが、それはそれで揉めそうなので心配していたが……なんと葵ちゃんは「その際にはエデンさんに協力してもらう約束」を取り付けており、もう勝ち確状態らしい。流石である。
本当に心底嫌そうな葵ちゃんの言葉に苦笑したあとで、重信さんは真剣な表情で口を開いた。
「……ひとつだけ、聞いていいか? 大蔵重工って会社が、いまどうなってるか……知ってるか?」
「大蔵重工ですか? えっとたしか、数年前に社長が会長に退いて、『一人息子』が後を継いだはずです。代替わりした直後は少し混乱してましたが、いまは安定して少しずつですが成長しているみたいです」
「……そうか……アイツ……上手くやってるんだな」
噛みしめるような言葉、会社の名前、存在自体が最初から居なかったことになるという話……。
「……つまり、大蔵重工は重信さんの?」
「ああ、実家だ。そして、新社長ってのは私の弟……いや、弟だった奴だな。いろいろゴタゴタがあってな。私は逃げるようにこの世界に移住した。己の選択自体には後悔はないが、少しだけ……実家と弟がどうなったかが心残りだった。ありがとう、知れてよかった」
「あ、いえ……」
そう言って深々と頭を下げたあと、重信さんはどこかスッキリした表情で明るく笑いながら再び口を開いた。
「……話が逸れて悪かったな。もっとゆっくり話したかったところだが、表彰式もあるしな……ああ、そうだ。今日は打ち上げがあるだろうし難しいだろうが、また機会があればウチに遊びに来てくれ、女房も友人から話を聞いて会いたがってたしな」
「そうですね。俺たちもいろいろ話したいですし、また改めてお邪魔させてもらいますね」
「おう……ああ、ハミングバードは持ってるか? 連絡先を交換しておこう」
「はい」
こうして、重信さんと知り合いゆっくり話すのはまた後日と約束をして別れ、俺たちは表彰式に向かうことになった。
シリアス先輩「一瞬、神が一個人の縁切りを助けるなんて贔屓していいのかと思ったが、そもそもコイツは贔屓しまくりだったわ」
マキナ「そもそも神は平等なんて幻想だよ。そこに意思が介在するのであれば、大なり小なり個の裁量ってのは加わってくるしね~まぁ、私は我が子全てを愛しているけど、愛しい我が子とその周囲は特別贔屓するってだけだけどね」




