閑話・訪れた観戦者
年に一度のフライングボードの大会で盛り上がる辺境の街を、初老ほどの男性が歩いていた。周囲の賑やかな空気に苦笑しつつ、立ち並ぶ出店を眺める。
「毎年この日ばっかりは、この辺境も賑やかなもんだなぁ。まぁ、この辺りは娯楽も少ないし、店やってる連中にとっちゃ稼ぎ時か……まぁ、中には商売はそこそこに観戦ばっかしてる物好きな野郎もいるがな。ようっ、物好き、儲かってるか?」
「儲かり過ぎても困るんだよ。レースが見えなくなるからな。40年間このベストポジションは譲ったことがないんだし、ほどほどの儲けでのんびり酒でも飲みながらレースを観戦してぇよ」
「相変わらず好きだねぇ。串焼きひとつ貰うぞ」
「おう、その代わり今度野菜よこせよ」
「ぬかしやがる。その交換条件なら、二本だな……」
男性は顔見知りである出店の店主と会話したあと、焼いてある串焼きをふたつ取って食べ始める。現在はフライングボードのレースも始まっており、この辺りには客もほとんどいない。
串焼きを食べながら、男性は店主に話しかける。
「しかし、ベストポジションって割には、他に誰も居ねぇな」
「まぁ、素人はそうさ。特に予選はここからじゃ見えにくいしな。だが、決勝のゴール前の最後の攻防があるのは丁度この辺りの上空なんだよ。ここでの攻防を制したやつが優勝するといっても過言じゃねぇ熱いポイントさ」
「なるほどなぁ……面白れぇのは居たのか?」
「ああ今年は有望そうなのを見つけたぜ。男ひとりと女ふたりの若い三人組だ。見覚えがねぇから初参加だろうが、なにかやってくれそうな雰囲気を感じたな」
「そうか……まっ、お前の予想は話半分で聞いておくのが丁度いいがな」
「おいおい、先の読めないフライングボードの勝敗をそれなりの的中率で予想できるなんざ、俺ぐらいのもんだぜ?」
自信満々に告げる店主を見て、男性は苦笑を浮かべたあと、少し意地の悪い笑みで告げる。
「それなりで誇られてもなぁ」
「うるせぇ! だいたい今日は奥さんはどうしたんだ? 偏屈ぶりについに愛想でもつかされたか?」
「残念ながら、夫婦仲はいまも良好だよ。今日は、友人に誘われてシンフォニア王国の方に遊びに行ってるよ」
「シンフォニア? そりゃまた遠くまで行ってるな。貧乏農家が大丈夫かよ?」
「ああ、昔馴染みの友人が凄腕の精霊魔導士でな、転移魔法も得意なんだわ。今頃女同士でショッピングでも楽しんでんじゃねぇかな」
悪友でもある店主の言葉にケラケラと笑いながら答えつつ、男性は串焼きを食う。すると、店主は納得したように頷いたあとでしゃがんで、小さなマジックボックスから酒瓶とコップを取り出した。
そして自分で焼いていた串焼きを食べながら、酒を飲み始めた。
「おい、不良店主、なに酒なんて出してやがる」
「予選も始まってるからな、ここからは観戦忙しいから店じまいだ。それに、厳ついジジイが店の前に陣取って客が寄り付かねぇ。ほれ、付き合え」
「たくっ、しょうがねぇ野郎だな。やれやれ、こっちもなんかつまみを出すとするか……火もあるし、するめでも炙るかな……」
店主が渡してきたコップを受け取り、男性も小さなマジックボックスの中から乾物系のつまみを取り出した。
「そういや、シゲノブ。お前はフライングボードはやらねぇのか?」
「私がか? さすがに私の歳ではハードすぎるな。まぁ、長命種から見れば私の年齢など、子供もいいところだろうがな」
「高齢の出場者もいるぜ? なんなら爺さんとかもでも、若者の競えるのがフライングボードのいいところだからな」
「お前も出て無いだろうが」
「俺は観戦が忙しいからな」
「なら私も観戦で忙しいんだよ。魚は焼けるか?」
「おいおい、網に臭いが付くだろうが……俺の分も用意しろよ」
文句を言いつつも網の上にスペースを空ける悪友を見て再び苦笑し、男性……大蔵重信は、マジックボックスから取り出した魚を焼き始めた。
この後に思わぬ同郷との出会いが待ち受けているとは知らないまま……。
シリアス先輩「ああ、やっぱりここで来るのか、ハイドラ王国の辺境に住んでるって話だったしな。この感じだと、快人たちが決勝に進んでゴール前の攻防を見て~みたいな流れかな?」
 




