魅惑のすき焼き⑥
さて、アリスの雑貨屋の奥にある工房スペース、そこに何故かいつの間にか作られていた畳の間ですき焼きを行うことになった。
材料などは全て切り終えて用意している。今回は俺がメインで作るということなので、アリスに教わりながら作ることになる。
「さて、すき焼きですが、知らない人も多いですがすき焼きにはウナギのように関西風と関東風が存在します」
「え? そうなの?」
「カンサイフウ? カントウフウ?」
「えっと、地域ごとの違いみたいな感じだな」
ウナギとかお好み焼きは有名ではあるが、すき焼きにも違いがあるというのは知らなかった……ウチはどうだったかな? 住んでいるのは関東だったけど、母さんは関西方面出身だったし関西風という可能性も?
そして当たり前のように関東関西という言葉を使うアリスに対し、クロは不思議そうな顔をしていたので説明する。
「細かな違いはいろいろありますが、大きな違いは肉の扱いです。まず、関東風ですが、最初に鍋に牛脂を溶かして、少量の肉を焼きます。そのあとで割り下を流し入れて、具材や肉を煮込んでいくわけです」
「ふむふむ、関西風は?」
「関西風は、最初に大半の肉を焼きます。そしてそこに材料を加えながら味を調整していく形ですね。意外かもしれませんが、割り下を使うのは関東風だけで、関西風では砂糖、料理酒、しょうゆ、水気の多い野菜などで作るので、割り下を使う関東風に比べて全体的に水分が少なくなります」
「へぇ……」
なら、俺が食べたことがあるのは関東風だな。大きな違いとしては、関東風は主に肉を煮込む、関西風は主に肉を焼くって感じかな?
「ちなみに関西風は割り下を使わないので、味付けには料理人の腕が大きく影響するので難し目と言えるかもしれませんね」
「ねぇねぇ、シャルティア。なんですき焼きなのに肉を煮込むの?」
「それは、すき焼きのルーツが牛鍋という料理に起因していることが理由ですね。ちなみに牛鍋は鍋という名の通り最初から割り下を入れて肉を煮る感じですね」
「なるほど、シャルティアは相変わらず物知りだね」
実際こういう状況でのアリスは本当に頼りになる。料理が上手いというのもあるし、食事関連だと特にクロのベビーカステラ投入を阻止してくれるというのも大きい。それだけでも安心感が段違いである。
ともあれ、料理を開始することになった。ちなみに作るのは関東風である。
「最初に牛脂を溶かしたあとは、肉の前に軽くネギを焼きましょう。焼いておくと香りがよくなるので」
「こんな感じでいいのか?」
「ええ、香りが出てきたら牛肉を少し入れて両面を軽く焼いて割り下を入れます。この牛肉は煮た牛肉とは違った味わいで美味しいですよ」
説明を受けながら肉を焼いて、三人それぞれ一枚ずつ肉を食べる。溶き卵に軽くつけて口に含むと、焼いているからか香ばしい香りが口の中に広がる感じで、非常に美味しい。
「ある程度温まったら弱火に変えて、具材を投入して煮ながら食べていく感じですね。いちおう注意点としては、しらたきは牛肉から離して煮ることですね」
「うん? それはなんで?」
「加工する時に使われる石灰のカルシウムが肉を硬く黒っぽくしてしまうと言われています。まぁ、硬くする方は迷信ですが、色が変色するのは事実なので見た目が良くないですしね」
アリスの指示通りに具材を入れて煮込んでいく。割り下の甘めの香りが食欲をそそる。ある程度煮えたところで牛肉を食べてみると、焼いた時とは違ってこちらはとろけるように柔らかな舌触りが素晴らしい。
焼きネギや白菜なども間に挟みつつ食べていると、ご飯がすすむ。
「美味しいね。ご飯とよく合うよ」
「まぁ、しょうゆ使ったりご飯と合ったりで割とこの世界ではマイナー寄りですけどね」
「ボクは慣れてるけど、確かに箸を使うのも初めてだと難しいしね。あ、しらたきも美味しいね」
「やっぱりパンと比べるとご飯ものはマイナーだよな……まぁ、でも、パンでもいけないことは無いような?」
日本人としては邪道に感じるが、すき焼きの味付け的にパンと一緒に食べたとしても合わないということは無い気がする。
もちろんご飯が一番だとは思うが……。
すき焼きを食べながら他愛のない雑談をしていると、クロがふと思い出したようにアリスに問いかける。
「そういえば、シャルティア。あの遊園地ってそのうち一般公開するって言ってたけど……」
「出資してくれます?」
「いいよ~使えそうな土地もいくつか持ってるし、大型の遊戯施設ってのもいいよね。流石に人界に作るには、各国のバランスとか考えるとすぐには無理そうだけどね」
「魔界に作って認知度が上がればって感じっすね~」
緩い感じではあるが、クロのことだから遊びながらもいろいろと見ていて有効そうだと思ったから出資を決めたのだろう。
まぁ、そもそもアリスは遊園地で遊ぼうと言い出した時点で、この展開を想定していた気がするが……。
ともあれ、魔界に遊園地が出来る日も、そう遠くないかもしれない。
マキナ「シリアス先輩元に戻したよ~シリアス先輩もすき焼き食べる?」
シリアス先輩「……これは自食いになるのか? 砂糖化した状態の砂糖と、己の体の一部と認識するべきか否かで変わる気もする……って感じに普通はある程度悩むと思うんだけど、お前躊躇とかそういうの無いの!?」
マキナ「……え? だって、シリアス先輩、我が子じゃないし、我が子じゃないなら別にどうでもいいかなぁって……」
シリアス先輩「そういえばコイツはこういうやつだった……」
 




