アリスはアリスだった
本日は複数回の更新です。これは二話目なのでご注意を。
アリスの正体が幻王であるという俺の言葉。正直まだ確信を持っている訳ではないが、それでもかなり可能性の高い結論だとは思う。
しかし、当のアリスは何も言わない。ただ微笑みを浮かべてこちらを見ているだけ……その笑みを見て考えが当っている事を確信した俺は、真っ直ぐアリスを見つめる。
「え? あの人が……幻王様? い、いえ、でも、どう見ても人間……」
「リリア、確かにお前の様な実力者や我は、相手の魔力で種族を判断する。だが、幻王は魔力の質すら変える事が出来る……幻王の変装を見破るのは、我を持ってしても不可能だ」
確かに今まで見て来た限り、アリスは人間としての範疇を超えていない。
実際にジークさんやリリアさんも、アリスの事は人間だと思っていたみたいだし、俺もそう思っていた……しかしもしアリスが幻王だとするなら、クロにすら完全に化ける力を持っているのだから、人間を演じるなんて簡単な事だろう。
「実際幻王の奴は、以前神族に紛れ込み、祝福まで実際に行っていた……何のつもりでそのような事をしたのかは、分からぬがな」
……それたぶん小遣い稼ぎじゃ無い? 祝福一回金貨一枚だし……
っと思考が逸れてた……今は先にアリスの方に……
「……アリス。お前が本気で俺を欺こうと思っていたら、俺は欠片も違和感なんて持てなかったと思うし、たぶんお前はヘマもしない」
「……」
「……わざと俺に違和感を抱かさせたんだろう? ゲートで会った時、わざと最初に会った時と同じイカロスの話を言い回しに使ったり、クリスさんの城で情報に精通してる所を見せたり、あちこちでヒントを出していた」
そう、たぶん……いや、間違いなくアリスはわざと俺に違和感を与えて来た。
完璧な変装が出来るなら、幻王として別の顔でも見せておけば疑問も抱かなかっただろうし、態々自分を知っているクロノアさんが居るタイミングで出てくる理由もない。
「……お前の正体に辿り着く事、それが五つ目の試練、だったんじゃないのか?」
「……」
静かに告げた言葉を聞き、アリスは沈黙したまま……何処からともなくハンドベルを取り出して、それを振り始める。
ベルの音が周囲に大きく響き、少ししてそれが止んだ後で、ついにアリスは口を開いた。
「……合格。もう、欠片も文句はないです。完璧に合格っすね」
「……アリス、じゃあ、やっぱり」
「ええ、その通り。私が本当の幻王です」
ハンドベルを消し、今度は拍手しながら、アリスは自分が幻王である事を認める。
周囲からは驚愕した様な声が聞こえてくるが、アリスは特に気にした様子もなく、俺の方に近付いてくる。
そして、俺の前で片膝をつき、俺の片手をそっと掴み……手の甲に額を付ける。
いや、オペラマスク被ってるから手の甲に当たってるのはマスクだけど……
「……お見事でした。カイトさん……今までの非礼を、心からお詫びします。そして、私の想定以上となった貴方に敬意と共に忠誠を……」
「……アリス」
「幻王ノーフェイス……真の名をシャルティア。私の力を、私の心を、今、この瞬間から、貴方に全て捧げます」
まるで騎士の様に俺に忠誠を誓うと宣言した後、アリスはゆっくり立ち上がる。
「……『招集』」
「なっ!?」
アリスが一言呟いた瞬間、庭中に顔を隠した黒ずくめの者達がいきなり現れる。
しかも一人や二人では無く、軽く100を超えるであろうとんでもない数……そしてアリスは、その黒ずくめの者達の前に資料を放り投げる。
「命令です……その資料にある人物が4年前に起こした事件。反論の余地もない程の証拠を集めて下さい……3日以上は待ちません。おっけ~ですね? じゃ、行動開始」
「「「「「「「「はっ! 我等幻王ノーフェイス様の御心のままに!!」」」」」」」」」」
アリスが軽い口調で告げた言葉を受け、黒ずくめの者達は一切のブレも無く、完全に統率された動きで片膝をつき了承の意を示す。
そして即座に再び消える……恐らく、調査に向かったんだろう。いつの間にか偽物の幻王も居なくなってる。
一声発するだけで100人以上が現れる。それは本当にこの王都にも各場所に部下が潜んでいることの証明に他ならない。
世界中に膨大な数の配下を抱える幻王……その力の一端を目の当たりにして驚愕している俺の前で、アリスはゆっくりとこちらを振り返る。
いつもとは違い、どこか威厳を感じる佇まいは、正しく王の……
「うわっ、鳥肌立ちました。やっぱ真面目な顔するのは疲れ――痛いっ!?」
「……」
「何で殴るんすか!? カイトさん!?」
「お前……もうちょっと、なんか、真面目に出来ないのか?」
「いやいや、私頑張りましたよ。超頑張りました! これ以上真面目にしてると病気になりますって」
やはりアリスも六王の一角、今までの姿は偽りで威厳ある真の姿があったのかと思ったのも束の間、アリスは完全にいつもの調子に戻り、ついつい反射的にゲンコツしてしまった。
「と言うか、アリス……あ、いや、シャルティアって呼んだ方が良いのかな?」
「いや~今まで通りで良いっすよ。私もこの名前気に入っちゃいましたし……それで、何ですか?」
「いや、アリスって六王なんだよな?」
「そうですよ~アリスちゃんは偉いんすよ。えっへんって感じですね!」
ドヤァと効果音が出そうな感じで、小さい胸を張ってポーズを決めるアリスに、俺は大きく溜息を吐きながら口を開く。
アリスが六王の一角であるという事は分かった、ただ何と言うかイメージと大分違う様な……
「……金が無いとか言ってたのも、全部演技だったって事?」
「……いや、それはマジです。マジでお金無いんすよ。助けて下さい」
「……六王なのに?」
「六王が全員金持ちだなんて思わないで下さいよ!?」
悲痛な叫びだった……何か仮面の隙間から涙が流れて来てる様に見える程、切実な様子が伝わってくる。
「私は山ほど居る部下にお給料出さなきゃいけないんすよ!? うちはホワイトなんです。福利厚生バッチリ! 残業なし! 交通費支給! 昇給有り! 年二回賞与有り!」
「……う、うん」
「お陰で私は毎日のご飯にも困る始末! しかも未だに毎年部下増えてるんすから!? 部下の生活はホワイトでも、私の生活はブラックですよ!?」
「な、成程……」
捲し立てる様に叫ぶアリスの言葉に、思わず気圧されてしまう。
するとアリスはパチンと指を鳴らし、そうすると先程の偽幻王が現れる。
「その辺り、どう思ってます?」
「ああ、申し訳ありません。伝え忘れていました……お喜びください。シャルティア様、我等が兵団に先日、100名程追加加入しました!!」
「……お前、私の話聞いてるんすか? なに、サラッと増やしてるんですか……もう増やすなって、アレだけ言ったのに……」
「シャルティア様の素晴らしさがより多くの者に伝わり、己の事の様に嬉しく思います!」
「……帰って良いっすよ」
「はっ! 失礼します」
頭を抱えるアリスとは対照的に、偽幻王の声はどこか嬉しげ……って言うか、さっきまで甲高い声で分かんなかったけど女性か……幹部みたいな感じかな?
そしてアリスの言葉を受けて偽幻王が消えると、アリスは俺の服に縋りついてくる。
「助けて、カイトさん! 私、部下に殺される!?」
「……」
コイツには威厳とかそう言うのは無いのか……何か俺まで頭痛くなってきた。
しかし成程、普段金が無いって言ってたのは、部下が多すぎるからか……だとしたら、厳しくとがめたりして、悪い事したな。
「成程、じゃあ、金がいつも無くなってたのは、ギャンブルですってた訳じゃ無くて、部下に渡してたからなのか……」
「あ、いや、半分位はギャンブルで……ぎにゃあぁぁぁ!? 痛いっ!? 痛いぃぃ!? カイトさん、止めて、ほっぺ取れるうぅぅぅ!?」
「お・ま・え・は~」
少し同情の気持ちが沸いてきたと思ったら、直後にふざけた事を言い始めたので、思いっきりほっぺを引っ張る。
前言撤回! やっぱこいつにはもっとキツく言わないと駄目だ!
拝啓、母さん、父さん――アリスの正体は幻王で、世界中に膨大な数の部下を持つというのも真実見たいだった。けど、本当に一瞬でも見直した俺が馬鹿だった。やっぱり――アリスはアリスだった。
金がないのとギャンブル好きなのは素です。
アリスは安定のアリスでした。
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……大変ホワイト。