メイドオリンピア本戦⑨
いよいよ始まるメイドオリンピアの決勝戦。ぶつかり合うのは心のスーパーメイドであるベアトリーチェさんと、技のスーパーメイドであるアレキサンドラさんだ。
『さぁ、ついに今回の覇者が決まる決勝戦です。ベアトリーチェ選手とアレキサンドラ選手、過去の対戦成績はほぼ互角と言っていい両者です』
『ええ、両者の実力は拮抗しています。いえ、両者だけでなくスーパーメイドたちの実力に大きな差はない。だからこそ、スーパーメイド同士の戦いとなると、僅かな得手不得手が勝敗を分ける要因になりえます。今回の対戦方法の抽選に注目ですね』
会場内が固唾を飲んで見守る中、抽選魔法具が選出した対戦方式は……。
『これは……でました! 紅茶対決!! これは、メイドオリンピアの決勝に相応しい対戦方法と言えますね』
『非常にシンプルな勝負です。互いに紅茶を淹れ、それを飲んだ審査員がどちらが優れていたかを投票する……だからこそ、メイドとしての技量の差が明確に表れる競技です。そうして、そういった技術において、有利なのはやはりアレキサンドラでしょう』
これはたしかに、メイドとしての優劣を決めるなら相応しい勝負と言えるのかもしれない。しかし、技術の面においてはやはり技のスーパーメイドという異名を持つアレキサンドラさんが強いだろう。となると、アインさんの言う通りベアトリーチェさんには不利な戦いかもしれない。
そんなことを考えている間にふたりの前に茶葉など一通りの道具が用意され、いよいよ戦いが始まるという場面でアレキサンドラさんが静かに口を開いた。
会場の音声は拡声魔法によってこちらにも聞こえるようになっている。
「よい戦いをしましょう、ベアトリーチェさん」
「ええ、こちらこそ……ですが、余裕の笑みですね?」
「いえ、油断ならないとは思っています。貴女は間違いなく優れた超一流のメイドです……ですが、私は過去にこのメイドオリンピアの対戦において、紅茶勝負で破れたことが無いのは貴女もご存じのはず。それゆえの自信はありますよ」
なんとアレキサンドラさんは過去紅茶勝負においては無敗らしい。まぁ、アレキサンドラさんの話を聞く限り、メイドになったのはアインさんが殿堂入りして参加しなくなった後っぽいので、アインさんと対決したことは無いのだろうが……それでも、やはり圧倒的強者としての自信が佇まいからも漂ってきていた。
そんなアレキサンドラさんに対し、ベアトリーチェさんは不敵に笑みを浮かべる。
「ええ、そうですね。貴女の紅茶の技術は素晴らしい。やりえあえば私の負けは確実だったでしょう……『以前の私』であれば……」
「以前の? それは――なっ!?」
直後にベアトリーチェさんの体から眩い光が放たれる。これは、ルナさんが使ったメイドバーストの光……いや、だから、なんで光るんだ?
『おっと、これはベアトリーチェ選手、メイドバーストを発動しました!』
『……妙ですね。メイド力が低いものならいざ知らず、彼女ほどメイドとして完成されているものが使っても、メイドバーストは大きな効果はありません。特に紅茶ともなると、果たして思い描けるメイドヴィジョンがあるのか……』
ベアトリーチェさんのメイドバーストに対して、実況も解説のアインさんもやや困惑している様子だった。確かにここまでスーパーメイド同士の戦いで、メイドバーストを使うような場面は無かった。アインさんの解説から考えるにあの技は、スーパーメイドレベルに完成されたものが使っても、あまり意味は無いもののようだ。
「……メイドバースト? どんなメイドヴィジョンを追うのか分かりませんが、仮にルナマリアさんという方が追っていたメイドヴィジョンを追ったところで、いい結果にはなりませんよ? 完成されたメイドにはそれぞれフォームというものがあります。私たちのレベルでメイドバースを使うのは、フォームを崩すだけ……」
「……私は、先日……紅茶の神を目にしました」
「……紅茶の神?」
「彼女は……私にメイドとしての一番大切な心を思い出させてくれました。私は、スーパーメイドとしての立場に安心して停滞していた。いつしか、昔はあったはずの上を目指す熱い心を失ってしまっていました。果てなき理想を追い求める心を、なによりもメイドとしての在り方の本質を思い出させてくれた師匠にこの戦いを捧げましょう」
ベアトリーチェさんはそう宣言して、紅茶を淹れ始めた。そしてそれを見た瞬間、アレキサンドラさんの目が驚愕に見開かれた。
「……これは!? 彼女の背に……紅茶の天使が、見える!?」
『おっと、これはいったい!? ベアトリーチェ選手の背に美しき紅茶の天使が現れました!!』
『……これは驚きました。どうやら彼女は、ひとつ大きな壁を越えたようです。スーパーメイドという高い壁を……あの所作はおそらく……ふふ、まだまだ紅茶の神を見せることはできないのでしょうが、それでも紅茶の天使を出現させる技……素晴らしい。ひとりのメイドの進化の瞬間です』
……いや、見えねぇよ!? 紅茶の天使とかなに言ってるの!?
「な、なんて美しい天使……これが、ベアトリーチェ様の本気というわけですか!?」
「アレは、もしやネピュラの……ふっ、流石というべきでしょうね。見事な天使です」
「……快人、見えるか?」
「いえ、まったく……リリアさんは?」
「見えません」
どうも、フラウさんとルナさん……あと周りのメイドたちには紅茶の天使とやらが見えるらしい。集団幻覚でも見てるのかな? というか、むしろ見えてない俺たちが少数派なのは、本当にやめて欲しい。
最後の最後でまたメイドたちの異常さを思い知るとは、思わなかった。
シリアス先輩「メイドとしての原点と言える気持ちを思い出し、強い熱意を取り戻したからこそスーパーメイドという殻を破って成長した。言葉だけで見ると熱いバトルの覚醒みたいだけど……やっぱメイドってヤバいし、意味わかんねぇなって結論になるのが凄い」
???「クリスマスイブにメイドが云々とかの超理論を見てるこのなんとも言えない気持ちですよ……」




