メイドオリンピア本戦①
メイドオリンピアの本戦トーナメント、初参加であるルナマリアは僅かに緊張しつつも会場で対戦相手と向かい合う。
『それでは、本戦トーナメント第三試合、ルナマリア選手対アンネ選手の対戦です。ルナマリア選手は今大会初参加、更にはメイド歴10年未満にも関わらずメイド力52000に到達しており、将来有望な新星と言えるでしょう。対するアンネ選手は技のスーパーメイドであるアレキサンドラ選手を師に持ち、前大会でも6位と好成績を残している実力派メイドです。そのメイド力は81000……メイド力では、アンネ選手がかなり上回っていますね』
『ええ、ですがメイドの勝負とはメイド力のみで決まるものではありません。双方ともに実力を出し切ったよい勝負となることを期待します』
実況が軽く両者を紹介し、解説のアインが締めくくる。続けて始まるのは勝負方法の選択だ。メイドオリンピアの本戦において、勝負の内容は直前まで分からない。
何種類も用意された勝負のうち、魔法具がランダムに選択した競技において競い合うことになる。
『それでは、魔法具により勝負方法を決定します。今回の勝負方法は……《菓子作り》です』
勝負方法が決定し、スタッフにより調理台や多数の食材が運び込まれる中、ルナマリアは思考を巡らせていた。彼女は初参加ではあるが、過去のメイドオリンピアは観戦しており、勝負の方法についてもある程度の知識はある。
(たしか、〇〇作り系の勝負では、なにかしらの制限が付いたはず)
そんなルナマリアの思考を肯定するように、ルナマリアとアンネの前に紅茶の缶が置かれた。
『さて、今回のお題を発表します。それは両者の前に置かれた紅茶に合う菓子を制作していただきます。ただし、その紅茶を淹れることは禁止で、あくまで茶葉のみを見て作っていただきます。それでは、第三試合……開始!』
その声と共にルナマリアは紅茶の缶を開け、茶葉の色や匂いを確かめる。
(……個性が強い香り、おそらくフレーバーティー。香りから……スイート系……種類は……)
紅茶の茶葉を頼りに種類を見極め、それに合う菓子を作る難しいお題。ルナマリアが紅茶の絞り込みを進める中、対戦相手のアンネは食材の選定に取り掛かっていた。
「なっ、早い!?」
「……まだ未熟さがありますね。このまま簡単に勝ってしまうのも味気が無い……スイート系のフレーバーティーではありませんよ。コレはシンフォニア王国のシーズンスペシャルです……種類は自分で探りなさい」
「ッ!?」
「なにを驚いているのですか? たしかにメイド力の数値が勝負を決めるわけではありませんが、メイド力が高いということはそれだけメイドとしての技量が高いということ……貴女にとって私は、圧倒的格上ということを理解した上で死に物狂いで挑んできなさい」
ルナマリアにアドバイスするような言葉を告げたあと、アンネは食材の選定に移る。
(……シーズンスペシャル!? そうか、記念日などにちなんで作られる特別ブレンド……確かに、どこかで……そうかっ! これは、シンフォニア王国の交易都市の完成を記念して作られた…‥ですが、それをほんの一瞬で!? つ、強い……)
シンフォニア王国に存在する特別ブレンドであれば、シンフォニア王国に住むルナマリアの方が情報的なアドバンテージは多かったはずだ。だが、アンネはルナマリアより遥かに早く茶葉の正体に気付いており、それどころかルナマリアの勘違いをも察していた。
思わず冷や汗が流れるのを感じながら、ルナマリアも遅れて食材の選定に入った。
(この茶葉は甘みが強い。なら、合わせる菓子は甘さを控えたものがいいはず。焼き菓子が定番ではありますが……それでは、勝つことは難しい。どうすれば……)
アンネの方がメイドとして圧倒的に格上である以上、このまま普通に菓子を作ったとしてもルナマリアの敗北は必然。だからと言って、奇をてらってどうにかなるような課題でもない。
立ちはだかる巨大な壁に己の無力さを感じながらルナマリアはふと視線を観客席に動かし、こちらを見ているリリアと目が合った。
(……なにを弱気になっているのでしょうね。メイド力の差なんてたった30000程度……覆せない差じゃない!)
フッと口元に笑みを浮かべたルナマリアは強い目でアンネの方を見る。すると、その視線に気付いたアンネが、食材を選んでいた手を止め興味深そうな視線をルナマリアに向けた。
「……いい目ですね。少し前までとはまるで違う」
「私は、負けるわけには行きません。貴女がいかに格上であろうとも……私の晴れ姿を見るために進んで会場に足を運び、勝利を信じて応援してくれているお嬢様に……私の親友に、無様な姿を見せるわけにはいきません!!」
「これはっ……」
強い宣言と共に、ルナマリアの体が淡い輝きを放ち、対戦相手のアンネは目を見開いた。
『おおっと! ルナマリア選手の体が輝きを放つ……これは、まさか』
『ええ、《メイドバースト》ですね。まさか、メイド歴の浅い彼女がメイドバーストを使えるまでに成長していたとは……』
ルナマリアの雰囲気が一変したことを察し、アンネは不敵な笑みを浮かべた。それでこそ戦いがいがあると言いたげに……。
そして、盛り上がる会場の雰囲気の中で、観戦していたリリアは遠い目で静かに呟いた。
「……私の記憶が確かなら、脅迫じみたやり取りで観戦するように言われたという経緯だったはずですが……」
シリアス先輩「くそっ……なんか、このシリアスは認めたくない。あと、またメイド関連で新単語出てきやがったし……メイドバーストってなんだよ!?」




