黒き翼が提案する祭典
それはある日の朝のことだった。ベルのブラッシングでもしようかと、庭に出て空を見上げた時、空に黒い線が見えた。
それは物凄く見覚えがあるというか、一度見たら忘れない光景であり、直後に見えた円状の黒い軌跡を見て、誰が来たのかを察することができた。
「盟友よ! 時は来た! 遥か過去に交わされし、ボクたちの盟約がいま果たされる時だ。アルクレシアの地にて希望の光が撃ち上がり闇夜に煌めく星となった。祭典の幕は上がる。暦に記された時はそう長くない……備えるべきだ」
「……こんにちは、アメルさん」
「こんにちは、盟友。朝からごめ――んんっ!? 早朝から失礼した。だが、この喜びを早く盟友に届けなければならないと思ってね」
「なるほど」
頷きつつ、先ほどのアメルさんの言葉を思い出す。遥か過去にかわされた盟約……これは大袈裟に言ってるだけなので、前に約束したことという意味だろう。
アルクレシアの地にて云々は……つまり、アルクレシア帝国でお祭りがあるから、以前約束した一緒に店をやるって話を相談に来たってわけか……なるほど。
「話は分かりました。約束でしたし、俺の方も問題は無いですが……アルクレシアのお祭りっているなんですか?」
「月が七度巡りし時、大いなる宴は始まる」
「七ヶ月先ですね。了解です」
……だいぶ先じゃねぇか!? 七ヶ月って言ったら半年以上結構あるぞ。でもまぁ、アメルさんのことだから、祭の予定を調べてウッキウキで飛び出してきたんだろう。
実際いまもかなり嬉しそうな感じだし、それだけ早くから内容について打ち合わせをしたいのだから相当だろう。
「……アメルさんの好きな店をやる約束でしたよね? なにか考えてたりするんですか?」
「ふっ、盟友よ。誤解しないでくれ、ボクたちに相応しき舞台は整えた。ボクたちはそのような小さな枠に収まる存在ではない……そうだろ?」
「え? 普通に出店やるんじゃないんですか?」
「ああ、ボクたちが舵を取る船は、祭典という名の煌びやかな箱舟。進路はボクたちの思うがまま、さぁ、美しき彩を散りばめようじゃないか!」
「……マジですか……」
まさかとは思うのだが、祭り自体の運営側としてのお誘いだった。というか、もう祭りがおこなわれることは決定してるってことだよね? じゃあ、むしろ七ヶ月は短いかもしれない。
というか、祭を主催!? なんでそんな話に……いや、アメルさんは有翼族のトップだし、結構権力とかもあるだろうから、祭を開催できること自体は不思議じゃないが……。
「えへへ、盟友と一緒にお祭りしたくて、あちこちに掛け合ってね。許可が貰えたんだ。楽しみだなぁ、盟友と一緒に作る祭り――はっ!? こほん。おっと、つい気が急いて冷静さを欠いてしまったようだ。ボクもまだまだ若いというわけか……」
「……けど、祭りを主催するって、俺そういうやつの経験は一切無いんですが」
「安心してくれ、盟友。新しい祭典を作るというわけでは無い。元々異なる三つの種が集まり行われる祭典だが、今回はボクたちが取り仕切っていいことになったわけだ。土台となるものは存在し、必要なのは彩り、舵を取る舵手は存在し、船員も揃っている。ボクたちは船を彩るのさ」
つまり、元々存在する祭りの企画役であり、運営する人たちは存在するので、俺たちがアレコレと準備をする必要はない。
あくまで企画を考えたりするだけってことか……。
「つまるところ、祭りでやる行事みたいなのを考える役割ってことですね」
「さすがボクの想いは届いているみたいだね。そう、ボクと盟友で祭典を彩る花となろうじゃないか!」
「お話は分かりました。それじゃあ、相談するとして……ここでそのままというのもアレですから、中にどうぞ」
「うん、お邪魔します」
アメルさんは非常に嬉しそうであり、ニコニコと笑顔で俺に続いて家の中に入ってきた。まぁ企画というと結構大変そうではあるが、アメルさん曰く4ヶ月前ぐらいまでに固めればいいとのことなので、3ヶ月は猶予がある。
相談しつついろいろ考える感じでいいか……むしろ、中二っぽい行事を提案するであろうアメルさんを上手く窘めつつ、無難な感じに誘導する形になるのか……どちらにせよ大変そうではある。
ただまぁ、楽しそうでもあるし、アメルさんの嬉しそうな表情を見ていると断る気なんてのはみじんも湧いてこなかった。
???「ふむ、①とかついてないので、コレはすぐには行わない感じですね……ああ、ちなみに、シリアス先輩は寝込んでます。まぁ、今回は甘い話ではないので、いいかなぁと……」
 




