万花の園⑧
絵画エリアの後も、ロズミエルさんの所有する美術品を順に見せてもらった。流石というべきか、本当にいろいろな美術品を所有しており、解説も分かりやすかったのでかなり楽しめた。
そして一通りの部屋を回ったので戻ろうという話になったのだが、ふとあることに気付いた。
「……ロズミエルさん、そちらの部屋ってなんなんですか?」
そう、最後に彫刻などが飾ってある部屋を見たのだが、ここに来る時に通った扉とは別の扉があった。展示エリアはここで終わりということなので、美術品を展示している部屋ではない可能性が高いので、後になって失礼な質問だったと思ったが、ロズミエルさんは気にした様子もなく答えてくれる。
「そこは、アトリエだよ」
「アトリエ……ああっ、さっきの絵を描いたりしてる部屋ってことですね」
「うん……興味があるなら、少し見てみる?」
「え? いいんですか?」
「見て面白いかは分からないけど……」
そう言って苦笑しつつロズミエルさんが扉を開けてくれると、中は結構広く絵画だけではなく彫刻などを行う道具も一通りそろっており、なんとなく総合工房のようなイメージだった。
「……あれ? なんで花畑が見えるんですか?」
「ああ、ここの壁は、上の部屋の窓に映る景色がそのまま見えるようにしてあるから」
「なるほど、絵を描いたりするためですね」
「うん。花畑の絵を描くことが多いからね」
「へぇ……うわっ、筆の種類も多いですね」
こういう本格的な絵を描くセットをじっくり見たのは初めてかもしれない。中学の時の選択授業は音楽だったし、美術系にはあんまり関わってなかったのも要因だが、物珍しさを感じる。
キャンバスって結構大きいし、これに絵を描くのはなかなか大変そうだ。少なくとも美的センスの低い俺では難しい。
「カイトくん、せっかくだし、絵を描いてみない?」
「はえ? 俺がですか? 興味はありますけど……俺全然絵とかは描いたことが無いので……」
「大丈夫、私が教えるよ」
絵を描くのはいつ以来だろうか……中学生以来か? 少なくとも最後に描いたのは10年ぐらいは前のはずだ。そもそも絵はあまりうまくない……いや、割と下手な方である。
というか、美術系がなぁ……粘土細工も酷いものだったし……ただ、せっかくのロズミエルさんの申し出を断るのも気が引ける。
いや、期待を込めた目でこちらを見ているロズミエルさんのことを考えると、断るという選択肢はない。
「……じゃ、じゃあ、少しだけ」
「うん! ちょっと待ってね。新しいキャンバスを用意するよ」
趣味を共有できるのが嬉しいのかパァっと明るい笑顔を浮かべたロズミエルさんが準備を始め、俺は落ち着きなく視線を動かす。
新品のキャンバス出してる……本当に、まったく絵心がある気はしないんだが……。
なんとも言えない緊張感の中で、ロズミエルさんに勧められた椅子に座ってキャンバスと向かい合う。やっぱり思ってた以上にデカい。こんなサイズに絵なんて描けるのか?
「……えっと、本当にサッパリなんですが、なにを描けばいいでしょうか?」
「そうだね。風景画を描いてみようか。目の前の花畑の絵でいいと思う」
「わ、わかりました」
「緊張しなくても大丈夫だよ。上手く描こうとしないで、絵を楽しもう」
「は、はい……えと、最初はどうすれば?」
頷いて筆とパレットを手に持つが、どこから手を付けていいか分からず、後方のロズミエルさんを振り返る。するとロズミエルさんは優し気に微笑みながら、俺の手を取る。
「最初は大雑把に色で分けてみよう。例えばほら、そこには赤い花が集中してるよね? だから、この辺りを赤く塗って……」
「え? こんなに思いっきり塗っていいんですか?」
「うん。色を重ねていけばいいからね。後この辺は……」
そうしてロズミエルさんは手を添えて、筆を持った俺の手を動かして書き方のコツを教えてくれる。話を聞きながらなるほどと、そう思っていると……背中にふにっと柔らかい感触がした。
確認しよう。俺が現在座っているのは丸椅子であり背もたれはない。そしてロズミエルさんは後方から俺の手をもって動かしている。
つまりこの背中のあたりに感じる柔らかな感触は……えっと……困ったぞ、いきなり描き方の説明が耳に入らなくなってきた。
ロズミエルさんは気付いていないのか継続して描き方を指導してくれているが、俺の意識は背中にばかり集中してしまっている。ロズミエルさんって結構大きい……いや、落ち着け、邪な思考は止めろ!
いや、でも、これ、どうすればいいんだ? この状況で「胸が当たってます」とか、言うのは相当な勇気がいるぞ……だけど、言わないのもいたたまれない気持ちというか、悪いことしているような気になってしまうし……。
「うん? カイトくん、どうしたの?」
「え、いえ、えっと……な、なんでもないです! と、とりあえずこちはある程度分かったので、少し一人で描いてみます!!」
「う、うん。そうだね。また分からないところがあれば教えるからね」
結局指摘することはできず、かといって黙っているのもいたたまれないということで、やや強引にだが指導を切り上げて自分で描く選択を取ることで、ロズミエルさんを離れさせることに成功した。
ただ一度意識してしまうと、なかなかどうして落ち着かないもので、しばらく絵を描く手の動きに雑念が籠っていたのは言うまでもないことである。
シリアス先輩「やりやがった!? こいつ、巨乳属性持ちがやる背後から当ててるやつをやりやがった!! くそっ、糖度が……ぐぐぅ、このままでは……」
???「貴女はいったい何と戦ってるんですか……」




