心から楽しめる位に
アイシスさんの居城に遊びに来て二日目。
今俺の目の前には、巨大な部屋の中で天井から床までビッシリ本の詰まった空間が広がっていた。
「す、凄い数ですね」
「……隣の部屋も……同じ位……ある」
アイシスさんが本が好きで、大量に所持しているというのは知っていたが、実際に目にするとまさに圧巻。大図書館にも引けを取らない蔵書数にただただ圧倒される。
そして茫然としている俺の元に、アイシスさんが何やら本を抱えて近付いてくる。
「……カイト……この本……あげる」
「え? 良いんですか?」
「……うん……カイトにも……読んで欲しい」
「あ、ありがとうございます」
と言うか、アイシスさん……50冊ぐらいあるんですけど? 軽々と持ち上げてますけど、それ渡されてもたぶん俺持てないです。
一先ず少しずつそれを受け取ってマジックボックスにしまい、もう一度アイシスさんにお礼を告げた。
「……それにしても、本当に凄い量の本ですね。アイシスさんは、この本を全部読んだ事があるんですか?」
「……うん……全部……覚えてる」
「覚えてる!?」
覚えてるって、何百万冊もある本を? と、とんでもないな……
あ、改めて思ったけど……やっぱりアイシスさんも滅茶苦茶ハイスペックな方だなぁ。
「……ずっと……本ばかり……読んでたから」
「……一人で、ですよね?」
「……うん……だから……カイトが来てくれて……本当に……嬉しい」
このとんでもない数の本の内容を全部覚えてしまう程の時間……何百万冊と言う本の山は、アイシスさんが孤独に過ごしてきた時間の長さを物語っていた。
それを思い出したのか、少し寂しそうな表情を浮かべるアイシスさんを見て、俺は明るく笑顔を浮かべながら話しかける。
「そうだ、アイシスさん! 魔界の事を教えてくれませんか?」
「……え?」
「実は、ここに来る前に魔界の案内が書かれた本を買って来たんです。でも、一人で読んでも訳分からないので……一緒に読みませんか?」
「……カイト……うん!」
俺の言葉を聞いたアイシスさんは、とても嬉しそうな表情を浮かべて頷く。
アリスから買ったガイドブック……実はまだ見ていない。
本来ならリリウッドさんと移動してる時に見るつもりだったが、マグナウェルさんと出会った事でその暇が無かったのでまだ見ていない。
折角だし、魔界の事をよく知っているアイシスさんと一緒に見れば、色々教えて貰えるだろうし俺としても助かる。
っと、提案した時は思っていたのだが……
「……この本……凄く詳しく書いてある……魔界の事……よく知ってる人が……書いたんだね」
「そそ、そうですね」
アイシスさんが喋ると、頬に微かに吐息がかかり、思わず背筋が伸びが……そうすると今度は、背中に柔らかい感触が伝わってくる。
本を開いた俺の背中にもたれかかる様な形になり、肩口から本を覗き込む体勢のアイシスさん。その密着具合に、ドギマギしてしまう。
何でこうなる事を予想出来なかったんだ俺は!? 昨日一日の出来事から、何も学習して無いじゃないか!?
お、落ち着け……とりあえず、本の内容を見る事にしよう。そっちに集中すれば……
えっと、ああ、今居るのはこの辺かな? えっと、なになに……リリウッドさんの住む森の近くには、美味しいスコーンの店があるのでアリスちゃんへのお土産にお勧め? ワイバーン肉の専門店があって、持ち帰りもできるので……食べたい?
……制作者の要望じゃねぇか!? なにサラッと、ガイドブックにお土産の催促書いてるんだあのヤロウ!!
「……面白い……本」
「……すみません。馬鹿が書いたんです」
「……でも……この本……本当に……凄い」
「そうなんですか?」
「……うん……ここまで詳しく書いてる本……初めて見た」
どうやらアリスの書いた魔界のガイドブックは、大量の本を読んでいるアイシスさんから見てもかなり詳しいものらしい。
魔界に行った事があるのかな? そう言えば、高位魔族についても詳しかった気がする。
もしかして、本人は人間だって言ってたけど、実は魔族だったりするのだろうか?
う~ん、よくよく考えてみれば、アリスって結構謎の存在だよな……とんでもなく高スペックで、呆れるほど馬鹿だけど……時々やたら鋭い気配を発したり、妙な情報を知っていたりする。
お土産持って訪れるついでに、今度色々聞いてみる事にするか……
「……カイト?」
「あっ、すみません。えっと……俺が今居るのが、ここですよね?」
「……うん……もう少し東に行くと……湿原地帯がある」
「湿原地帯ですか……」
「……そこには……レインリーフって……珍しい草があって……採りに行った事……ある」
流石この辺りに住んでいるだけあって詳しく、アイシスさんは本を指差しながら説明してくれる。
「採りに行った? その草は、何かに使えるみたいな感じでしょうか?」
「……ううん……模様が珍しいだけ……ただの草」
アイシスさんがそのレインリーフを採りに行った事があるとの発言を聞き、六王であるアイシスさんが態々足を運ぶ程凄い草なのかと思ったが……別にそう言う事では無いらしい。
首を傾げる俺を見て、アイシスさんは少し恥ずかしそうな表情を浮かべる。
「……えっと……その……趣味で」
「趣味、ですか?」
話を聞いてみると、アイシスさんは小説を読むのが好きらしく、気に入った小説があるとその小説に登場した品を収集しに行くらしい。
そして思い出の品として、状態保存魔法をかけて別室に保管しているらしい。
「素敵な趣味ですね」
「……そ、そう?」
「はい。もしアイシスさんさえ良ければ……今度行く時は、俺も連れて行ってくれませんか?」
「……うん! ……一緒に……行こ」
折角アイシスさんに頂いた本もあるので、それを読み終えたら一緒に出かけるのも良いと思う。
アイシスさんと一緒ならきっと楽しいだろうし、俺ももっとこの世界の色々な景色を見てみたい。
そんな事を考えながら、引き続き魔界についてガイドブックを見ながら、アイシスさんに教えてもらっていると……不意に、アイシスさんの手が俺の前に回され、柔らかく俺を抱擁した。
「へ? あ、アイシスさん!?」
「……カイトは……やっぱり……優しい」
「え、えと……」
背中に押し付けられる柔らかな感触、頬をくすぐる暖かい吐息。
「……少しだけ……こうしてて……いい?」
「……はい」
不思議な気分だった。
先程まであれほどドキドキして落ち着かなかった筈なのに、今はとても心が落ちつている。
いや、勿論ドキドキはしている……だけどそれ以上に、アイシスさんの温もりが心地良く、安心できた。
拝啓、母さん、父さん――アイシスさんと過ごす二日目……初日は色々緊張しっぱなしだったけど、心に一区切りつけたおかげか、今は少し余裕があるように感じる。少なくとも、アイシスさんと共に居る時間を――心から楽しめる位に。
一話丸々、いちゃついてただけじゃねぇか! 爆ぜろ!!
それはともかく、アイシスと居る時の快人はそこそこイケメンだと思う。
次回……幻王ちゃん再登場。