閑話・心のスーパーメイド
快人がイルネスと共に花火を見ていた頃、ようやく王城での建国記念パーティが終わったリリアも、どこか疲れた様子でルナマリアとジークリンデと共に、王城入り口から花火を見ていた。
「……はぁ、本当に疲れました。最初から最後まで、ずっと挨拶ばかりでしたからね」
「リリは、いまはシンフォニアでも最大の発言力を持つ貴族ですからね。関係を持ちたいと思う貴族家も多いのでしょう」
「本当に、最初に公爵家を立ち上げたばかりの頃には見向きもしなかったのに、なんとも現金なものですね」
「それが、貴族らしさでしょう。面の皮が厚くないと貴族なんて務まらないんですよ……まぁ、それはそれとして、ほらリリ、着替えを持って来たので王城で部屋を借りて着替えましょう」
疲れたと告げるリリアにジークリンデが苦笑しながら答えていると、そこに私服姿のルナマリアが紙袋を持ってやってきた。
快人の店の手伝いが終わったあと、ルナマリアは一度屋敷に戻って私服に着替え、リリアの服を持ってから王城にやってきていた。
そんなルナマリアの言葉を聞いて、リリアは首を傾げる。
「着替え?」
「……いや、祭りを見に行くんでしょ? ドレスで行くつもりですか?」
「あっ、そうです! 建国記念祭! 約束ですからね、行きましょう!!」
「分かりましたから、まずは着替えですって……」
先ほどまでの疲れは吹き飛んだと言いたげにパァッとリリアは明るい表情に変わる。リリアは元々王女であり、当たり前ではあるが市井の祭りに顔を出したことはない。
見たことが無いわけでは無いが、騎士団員として警備という形での参加だったので、出店を巡ったりといった経験はない。
貴族家を立ち上げてからも同様で、王城での記念パーティに参加して、その後は屋敷に帰っていたので参加する機会は無かった。
しかし、今回はルナマリアとジークリンデのふたりと事前に約束していたこともあり、パーティが終わったあとで出店を見て回ることになっていた。
リリアはウキウキと楽しげな様子で着替えを受け取り、借りた一室で私服に着替える。ドレスは王城メイドに預けて、後日家に届けてもらう約束だ。
「……って、メイド長じゃないですか? こんなところに居ていいんですか?」
「リリア様の服を預かるとなれば、それなりに立場のある者でなければなりませんしね」
「あはは、えっと、いつも兄上がお世話になっています」
「いえ、支えがいのある王であり夫でもありますから、苦ではありませんよ」
着替えたドレスを受け取りに来たのは、現王城のメイド長でありライズの妻のひとりでもあるメイド長のベアトリーチェだった。
ちなみにリリア達が知ることではないが、メイド界においては心のスーパーメイドと呼ばれる実力者であり、一目置かれる存在でもある。
「では、ドレスをよろしくお願いします」
「もちろんです。リリア様の屋敷にも私が直接お届けいたしますね」
「え? メイド長が? なんでまた……」
「……いえ、まぁ、私情込みといいますか……久しぶりにイルネス先生にお会いしたいなぁと」
「ああ、なるほど……」
ベアトリーチェは、王城に勤めていた頃のイルネスからメイドのイロハを教わった存在であり、イルネスのことを非常に尊敬していた。
メイドオリンピアなどでも、「シンフォニア王国一のメイド」と紹介された際には、即座に訂正を求めており、シンフォニア王国一のメイドはイルネスであると、そう信じていた。
「そういえば、最近イルネスとカイトさんの家の世界樹の精霊であるネピュラさんが凄く仲がいいんですよ」
「そうなのですか? イルネス先生が特定の誰かと特別親しくするというイメージがありませんが……」
「互いにいい影響を与え合っているみたいですよ。イルネスもネピュラさんからは学ぶことが多いと言っていましたね」
「イルネス先生がそこまで言うほどの方なのですか……それはぜひお会いしてみたいですね」
久し振りにあったということもあって穏やかに会話をしていたリリアとベアトリーチェだったが、そのタイミングで部屋がノックされジークリンデの声が聞こえてきた。
「リリ、そろそろ行かないと遅くなってしまいますよ」
「あっ、すみません。すぐ行きます。それでは、メイド長。私はこれで」
「ええ、引き留めてしまって申し訳ありません」
「いえ、また服を持って来てくれた時にゆっくり話しましょう。それでは、失礼します」
そう言って慌ただしく去っていくリリアの姿を、頭を下げて見送ったあと、ベアトリーチェは静かに顔を上げて考えるような表情で呟く。
「……イルネス先生が絶賛するほどのメイド……そのような強者がシンフォニア王国に存在していたとは……いったいどれほどのメイド力を? ふふ、どれほどの実力者か楽しみではありますね。勝負を挑んでみるのも面白いやもしれません」
心のスーパーメイドと呼ばれるベアトリーチェは、丁寧な物腰とは裏腹にかなり苛烈な性格であり、夫であり国王であるライズにも一歩も引かず、時には厳しく叱咤することもある。
また向上心やプライドも高いので、尊敬するイルネスが評価しているネピュラに興味を持ち、静かに闘志を燃え滾らせていた。
なお、相手はメイドではなく絶対者であり、当然のことながら敗北は決まっている。
???「なんならその人、アインさんでも勝てるか分からないレベルの相手っすからね」
シリアス先輩「はっ!? 体の拘束が溶けた……飴だけに……」
???「ぶっ殺しますよ?」
シリアス先輩「す、すみません……」




