建国記念祭夜⑦
帰宅が遅くなったので、少々短めです。
なんとなく流れでそのままいちご飴を交互に食べ、若干火照ったような気分で大通りに出ると……さすがというべきか、かなりの人だった。
花火が上がるのは王城付近ということなので、この位置ではかなり離れているのだが、それでも相当の人である。
「そういえば、街中で花火を上げるってのは……なにかしら対策してるんですかね?」
「結界魔法の応用でぇ、周囲に危険が無いようにしているんですよぉ。宮廷魔導士は優秀な方が多いですからぁ」
「なるほど……そういえば、イルネスさんって、リリアさんの屋敷の前は王宮でメイドをしていたんですよね?」
「はいぃ。特別な役職などは無い~普通のメイドでしたがぁ」
……俺の聞いた話だと、冒険者から騎士団員になって、メイドとは無縁だったころのルナさんがメイドとしてのイロハを教わる相手として真っ先に思い浮かべるほどに優秀だったらしい。
そうなると、たぶん王宮でも一目置かれていたのだと思うのだけど、その辺りはイルネスさんなのでリリアさんの屋敷と同じように平メイドで居続けたのだろう。
「……しかし、凄い人ですね。これ以上王城に近づくのは難しそうですね。イルネスさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよぉ」
周囲に人が多く小柄なイルネスさんは大変だろうと、出来るだけイルネスさんにスペースを作れるように俺が壁になるような形で立ち止まる。
いや、もちろん伯爵級高位魔族であるイルネスさんの方が、身体能力とかで考えても俺より遥かに上なので、実際には問題ないのだろうが……そこはまぁ、男のプライドというか、多少はいい恰好したいというか……そんな感じだ。
人の多さ的にこれ以上進むのは難しいので、ここで花火を見る形になりそうだ。
「ここから見えますかね?」
「少しぃ~角度が悪いかもしれませんねぇ。あの位置の先に花火が上がるのでぇ」
「あ~時計塔が微妙に邪魔ですね。まぁ、なんとか見れそうではありますが……」
たしかにイルネスさんの言う通り、この位置から王城方面を向くと、ちょうど視線の先に時計塔が被ってしまう。
それほど大きい時計塔ではないのだが、割と絶妙に邪魔な感じだ。まぁ、こればっかりは仕方ない。低めに上がったり小さかったりする花火は見えにくいかもしれないが、大きな花火は十分見えるだろう。
そう思っていると、クイッと手が引かれ、視線を向けるとイルネスさんが口元で軽く手招きのような動作……耳を貸して欲しいというような仕草をしていた。
「どうしました?」
周囲を気にしながら少し身を屈め、耳を近づけるとイルネスさんは俺の耳に口を寄せて小さな声で告げる。
「……少しぃ、ズルをしてしまいましょうかぁ」
「へ? ズル?」
というか、耳元で優しい声で囁かれるとゾクッとするような妙な心地良さがある。油断すると癖になってしまいそうだ。
ま、まぁ、それはそれとして……ズルって、なんだろう?
「失礼しますぅ」
「え? うぉっ!?」
身を屈めていた俺の背に、イルネスさんが不意に抱きしめるように手を回したかと思うと、景色が一気に下に流れた。
先ほどまでいたはずの場所を見下ろすような高さに俺を抱えて跳躍したイルネスさんは、そのまま空中を数度蹴って移動し、先ほど話題に上がった時計塔の屋根に着地した。
「ここでしたらぁ、よく見えますよぉ」
「え、えっと、かなり目立ってません?」
「大丈夫ですよぉ。これでも~認識阻害魔法はぁ、それなりに~得意なんですぅ」
そう言われて周囲を見てみると、これだけ目立つ位置にいるにもかかわらずたしかに注目を集めているような感じは無い。
「落下防止の魔法をかけたのでぇ、足元を気にしなくても大丈夫ですよぉ。少しズルいかもしれませんがぁ、私も~カイト様とぉ、綺麗な花火が見たかったのでぇ」
そう言っていたずらっぽく微笑むイルネスさんは、なんというか普段の大人っぽさとのギャップがある感じで、もの凄く可愛く見えた。
シリアス先輩「……」
???「この溢れ出る飴は食べても大丈夫なやつなんすかね? フルーツ持って来てフォンデュみたいにしてみますか……」




