建国記念祭夜④
イルネスさんはなんというか、慣れた様子で髪を首の後ろで軽く結び、ベビーカステラの調理器具の前に立つ。焼けるかどうかなんてのは確認する必要もないぐらいに、流れるような動作で焼いていく。
イルネスさんが髪を結んでいる姿は初めて見るので、なんだか新鮮な感じだった。
「出店をやってみてぇ、いかがでしたかぁ?」
「なかなか面白い経験になりました。こういう形で祭りに参加するってのも初めてでしたし、新鮮な楽しさがありましたね」
「なるほど~カイト様が楽しめたのならぁ、なによりですねぇ」
「……イルネスさんは、出店とかやったことはあるんですか?」
幸いいまは客も来ていないので、ベビーカステラを焼くイルネスさんの横顔を見ながら言葉を交わす。う~ん、なんというか見た目は小柄だが、こうして料理をしている姿はどこか頼りがいがあって、やっぱり大人っぽさを感じる。
高身長でモデルのような体型のトーレさんからは大人っぽさをあまり感じないのに、小柄で幼げな見た目のイルネスさんからはこれでもかというほど大人っぽさを感じるのも不思議なものだ。
それぞれの雰囲気とでもいうべきか、纏う空気みたいなものが違うのだろう。
「いえ~そもそもぉ、祭りに参加したこと自体~ほとんどありませんねぇ」
「そうなんですか?」
「はいぃ。あまり興味が無かったのもありますしぃ、わざわざ祭りに足を運ぼうとはぁ、思いませんでしたねぇ」
「なるほど、確かに騒がしいのが苦手だったりすると、イマイチかもしれませんね」
イルネスさんは騒がしいのが好きではないというイメージなので、祭りにあまり行ったことが無いのも理解できる。
実際俺も子供の頃にこそ、よく両親に連れられて行っていたが、成長してからはあまり行った覚えが無かった。この世界に来てからは結構行ってるのだが……。
「……ずっとぉ、必要のないものだと~思っていましたぁ」
「うん?」
「なにかを楽しむことは~私にとっては必要のないものだとぉ、そう思っていましたぁ」
「……」
視線は鉄板に向けたまま、どこか独り言のように呟く。少し珍しいと、そう思った。イルネスさんはあまり己の過去を語ることは無い。基本的に俺と話すときは聞き役に徹しているというのもあるが、昔の自分について話すことは殆どない。
ただ、最近、時々こうして話してくれるようになった感じで、なにかしらの心境の変化があったように思えた。
「……私は昔~魔界を旅していましたぁ。理由があったわけではありません~。ただぁ、なんとなく~いろいろなものを知ることがぁ、正しいように感じていたからでしょうねぇ」
「いい考えだと、思いますけど……」
「そこに~私の願いはありませんでしたぁ。漠然とぉ、私が思い描く正しいと思う生き方があってぇ、それをなぞっていただけですぅ。なにもぉ、感じたことはありませんでしたぁ。誰かを救ってもぉ、なにかを成してもぉ、達成感のひとつもなくてぇ、ただただ~一つのノルマをこなしたとぉ、そんな気持ちでしたぁ」
ポツポツと語るイルネスさんの言葉に静かに耳を傾ける。聞きようによってはかなり重い内容のはずではあるが、たぶん問題は無い。
だって、イルネスさんが先ほどから語っているのは全て過去形で……暗に現在は違うと言っているようなものだったから……。
「きっとぉ、私はずっとぉ、空っぽだったんでしょうねぇ。それを~悪いとも思っていませんでしたがぁ……」
「……いまは、どうなんですか?」
「どうでしょうねぇ? 正直分からないことだらけではありますねぇ。ですがぁ、そうですねぇ……もう~空っぽだったころにはぁ、戻れないでしょうねぇ」
「俺は昔のイルネスさんを知りませんので、いまと比べてどうだとか判断できないんですが……けど、それでも、きっと……昔のイルネスさんより、いまのイルネスさんの方がずっと素敵だって、そう思いますよ」
「……くひひ、ありがとうございますぅ。カイト様にぃ、そう言ってもらえると~特別に嬉しいですねぇ」
俺の方を振り向いて笑うイルネスさんの表情は柔らかく、少なくとも空っぽになどは見えなかった。昔空っぽだったとしても、いまのイルネスさんにはたくさんのものが満ちているんだと、そう感じられた。
そのあとでイルネスさんは鉄板に視線を戻し、小さく口を動かした。
「……全部~愛しい貴方がくれたものですよぉ」
俺に聞かせるつもりはないのか、なんと言ったかは聞き取れなかったが……悪い言葉ではないのは、イルネスさんの表情を見れば、なんとなく察することはできた。
シリアス先輩「うぐぉぉぉ、き、キツ……なんか2部入ってから、イルネスの攻勢が凄いというか……2部のメインヒロインみたいな扱いじゃないか……」




