幸せな事だと思う
アイシスさんから告げられた驚くべき言葉にしばらく沈黙した後、俺はゆっくり確かめる様に口を開く。
「……つまり、この世界は『一夫多妻制』って事なんですね」
「……イップタサイセイ? ……って……なに?」
「あっ、ええっと……」
そうか、この世界には一夫多妻制って言葉は無いのか……
首を傾げるアイシスさんの反応でそれを理解し、俺はまず一夫多妻制について説明をする。
「つまり、夫が一人で、妻が複数いる感じですね」
「……じゃあ……この世界は……そう……この世界は? ……カイトの世界は……違うの?」
俺の説明に納得して頷いた後、再び首を傾げる。
と言うか、今さらだけど……顔近いっ!? 抱きついた体勢のままだから、物凄く顔が近くてドキドキする。
けどアイシスさんの視線は真剣そのもので、変に話題を逸らすのは気が引けた。
だから一先ず、再び理性に頑張ってもらう事にして話を続ける。
「はい。俺の世界では……もしかしたら俺が知らないだけで例外があるかもしれませんけど、基本的に夫一人、妻一人と言う形です」
「……そうなの? ……なんで?」
「え? あ、いや、何でと言われても……」
なんで一夫一妻制なのかと聞かれても、それが常識だから……としか言い様がない。
しかしそれはアイシスさん側にも言える事……世界が変われば常識も変わるという感じかな?
とにかくこの世界は一夫多妻制なのが常識みたいで、男性一人が複数の女性と交際するのはなにも可笑しくない事らしい。
何でそんな風になってるんだろう?
そんな疑問が頭に浮かぶと同時に、以前聞いた言葉が頭に浮かんできた。
――メギド、『異世界は』男の子と女の子の数が殆ど同じらしいよ?
そうだ。確かにクロはそう言っていた。
あの時は状況に流されて気にしていなかったが、改めて考えてみると……その言い回しはまるで、この世界は違うと言っている様なものだった。
と言う事は、つまり……
「アイシスさん。一つ聞いても良いですか?」
「……うん」
「この世界って、もしかして……『女性の方が男性より多い』んじゃないですか?」
そう、そう考えれば色々納得行く部分がある。
俺がこの世界に来て出会った方の多くは女性だし、女性の当主や皇帝と言うのもごく当たり前の様な感じだった。
それに思い返してみると、街中で見かける人も……女性の方が多かった気がする。
「……うん……男より……女の方が……大分多い」
「や、やっぱり……」
「……例えば……神族は全員女……男は一人も居ない」
「え? そうなんですか!?」
「……うん……神族は全員女……だけど……子供は作れない」
ここへきて新たに衝撃の事実、神族は全員女性らしい。
俺が会った事があるのは、シロさん、クロノアさん、フェイトさんだけだが……確かに全員女性だ。
そして子供が作れないというのは、フェイトさんがそんな事を言っていた覚えがある。
「……人族は……男も女もいるけど……女の方が多い」
「成程……魔族もですか?」
「……魔族は……ちょっと……複雑……メギドみたいに……性別が存在しないとか……クロムエイナや……シャルティアみたいに……自由に変えられるのも居る」
「そういえば、そんな話を聞いた覚えがあります」
クロが性別を自在に変えられるというのは、本人が言っていた事なので勿論知っているが……メギドさんに性別が無い事や、幻王も自在に変えられるのは初めて知った。
「……ちなみに……私とリリウッドは……女……マグナウェルは……雄」
「成程……良く分かりました。ありがとうございます」
「……ううん……知りたい事があったら……なんでも……聞いて」
アイシスさんの話を聞く限り、やはりこの世界は男性に比べて女性の方が多いらしい。
しかも、結構男女比は極端に傾いているのかもしれない……だからこそ、一夫多妻制が当り前に浸透しているのか……
さて、この世界が一夫多妻制である事は分かったが……聞いてすぐに、じゃあ沢山の女性と付き合おう! なんて発想になる訳でもない……まぁ、そもそも童貞の俺が、沢山の人と交際する様な状況になれる訳もないか……
ともあれ、直ぐにはこの世界の常識に馴染む事は出来ないかもしれない……だけど、たぶん俺は、ホッとしている。
俺はクロの事が好きだ……だけど、今、アイシスさんにも惹かれ始めている。
優柔不断だと情けなくなる反面、取捨選択の様な事をして……アイシスさんの気持ちを拒絶しなくて済んだ事に、安心している。
いや、まぁそもそも、俺がクロに告白したとして……クロが受けてくれるかは分からない訳だが……
俺は……一体どうすればいいんだろう。
アイシスさんは自分は何番目でも良いと、他の誰かを好きな俺も好きだと言ってくれた。
本当に嬉しい……だけど、今この場で、直ぐにその想いを受け止められる程心の整理は出来ていない。
「……アイシスさん」
「……うん?」
「……凄く、身勝手な事を言っても良いですか?」
「……え? ……うん」
真剣な表情でアイシスさんを見つめながら、俺はまだ自分でも整理しきれていない想いを、少しずつ口にしていく。
「……さっき言った通り、俺の育ってきた世界は一人の相手としか付き合わない世界でした。だから、この世界が一夫多妻制だと聞いても、直ぐに考えを変える事は出来ません」
「……うん」
俺の告げた言葉を聞き、アイシスさんは少し寂しげに顔を伏せる。
しかしその表情は、俺は続けた言葉を聞いて一変する。
「だから……待っていて、貰えませんか?」
「……え?」
「覚悟が出来たら、俺の心の中にある想い……それをクロに伝えます。それから、ちゃんと考えてみます」
「……考える?」
「はい。自分の気持ちをしっかり考えて……アイシスさんの気持ちを受け止める覚悟が出来たら……その時は、俺の方からアイシスさんに告白します!」
「ッ!?!?」
ウジウジ優柔不断に悩み、心の中で天秤を動かすのは……止めにする。
今心にある想い、クロを好きだという気持ちを……クロに伝える。そしてそれから、心に生まれ始めているアイシスさんへの想いについても逃げずに受け止める。
それはつまり……『元の世界に帰らず、この世界に残る』と言う選択を選ぶに等しい。
だからこそ、今すぐには決められない。
この世界の事は……好きだけど、おじさん、おばさん……今まで俺を育ててくれた人達が、元の世界には居る。
簡単に切り捨てる事なんて……出来ない。
「もしかしたら、時間がかかってしまうかもしれません。それでも、その……待っていて、くれますか?」
コレは本当に身勝手な言い分だと思う。
アイシスさんはこんなにも強く俺の事を想ってくれているのに、俺はその答えを保留にさせて欲しいと言っている。
アイシスさんは俺の言葉を聞いて静かに沈黙した後、目から大粒の涙を流しながら微笑む。
「……うん……待つ……いくらでも……いつまででも……私の……カイトへの想いは……色あせる事なんてない……ずっとずっと……大好き……カイトが答えをくれるまでに……もっと……もっと……カイトを好きになる」
「……アイシスさん」
「……カイト……大好き……だから……気のすむまで……いくらでも……考えて……いいよ」
「……ありがとうございます」
あまりにも真っ直ぐ、純粋な想いを受け、感極まった俺はアイシスさんを強く抱きしめる。
俺は、本当に果報者だ……こんなにも素敵な方から、想いを寄せられているなんて、本当に一生分の運を使い果たしても足りない位の幸運だ。
拝啓、母さん、父さん――初めてこの世界に来た時は考えもしなかったけど、俺の心には……この世界に残るという選択肢が生まれ始めている。その気持ちは苦しくも幸せなもので……離れたくない、一緒に居たいと思える程の方達と出会えた事は、本当に――幸せな事だと思う。
アイシスへの返事は一旦保留となりましたが……快人は、ついに、ようやく、この世界に残る事を考え始めましたね。
そういう意味では、アイシスの功績は凄まじく大きいかもしれません。
……こらシリアス、こっち見るな。後にアイシス編で出す答えはYESってもう決まってるから。お前の出番ないから。