一夫多妻制らしい
アイシスさんの家に遊びに来て、早々に襲いかかって来た艱難辛苦により、俺はもう嬉し恥ずかし、精神は疲労困憊だった。
そんな俺を心配してくれ、アイシスさんは少し早いけど寝た方がいいのではないかと言ってくれた。
確かにこのままでは精神的にもたない……主にアイシスさんにドキドキしっぱなしで、一度落ち着かないとロクに話も出来ないかもしれない。
ここはアイシスさんの提案に甘えさせてもらう事にして、アイシスさんに案内されて借りる事になっている部屋へ移動する。
アイシスさんが俺に用意してくれた部屋は……ハッキリ言って滅茶苦茶広かった。
大広間かと思う程広い部屋の中央には、キラキラと豪華な装飾が施されたベットがあり、何と俺の為にわざわざ買ってくれたらしい。
これだけ豪華なベットまで用意してもらっては、なんだか申し訳なく、アイシスさんにかなりお金が必要だったんじゃないかと尋ねてみると……
「……他にも……必要なものが有るなら……買ってくる」
「……あ、いえ、大丈夫です」
アイシスさんが穏やかに微笑みながら、山の様な白金貨を取り出してきたので、即座に首を横に振った。
何あのとんでもない量!? アイシスさんって、滅茶苦茶お金持ち? い、いや、確かにこんな城建ててる訳だし、噂じゃこの辺りからは凄く希少な宝石が採れるらしいから、それで稼いでいるのかもしれない。
ともあれその豪華なベットで寝る事になり、アイシスさんにお礼を言ってからふかふかの布団に寝転がると……自分でも気付か無い内に疲れが溜まっていたみたいで、まるで沈むみたいに一気に意識はまどろみへ沈んでいった。
どれ位寝ていたのだろうか、どこか心地良い暖かさを感じながらゆっくりと目を開く。
微かな魔法具の灯りだけの薄暗い部屋の中で、ゆっくり体を起こそうとして……何かに服を掴まれている事を感じ硬直する。
……気のせいだよな? なんか凄く嫌な予感がするんだけど……まさか、まさかだよね?
心臓がやけに大きく高鳴るのを感じながら、ゆっくりとかかっていた布団をどかすと……
「……んぅ……」
「!?!?」
そこには、俺の寝巻の胸元を小さく握り、俺にぴったりとくっつく様に眠っているアイシスさんが居た。
いつの間に俺の布団へ潜り込んできたのか分からないが、アイシスさんは穏やかな寝息で眠っており、その顔は俺の胸元に埋められており、吐息が肌をくすぐり、一気に体温が高くなるのを感じた。
しかも、それだけじゃなくて……アイシスさんの格好は……べ、ベビードールだと……
薄い青色のベビードールは、アイシスさんの繊細で可憐な雰囲気にマッチしていて妖精の様に可愛らしく、何より生地が薄いのか少し透けている。
「……ごく……」
あまりに扇情的で無防備なその姿をみて、喉の奥が大きく鳴った。
憎たらしい相手でも寝顔だけは可愛いという表現を聞く位、寝顔と言うのは無防備で可愛らしいものだ。
それが憎い相手ではなく、むしろ普段でさえ可愛らしく好意に近い感情を抱いているとびっきりの美少女となれば、その破壊力は想像を絶する。
正に今俺の目の前に居るのは天使と言っても過言では無く、頭は熱にうなされる様に熱く、冷静に思考が回らない。
それでも必死に理性を保とうとする俺に対し、まるで追い打ちの様に眠っているアイシスさんの口から声が漏れる。
「……んぅ……カイトぉ……」
「~~!?」
甘くとろける声は、頭を鈍器で殴られた様な衝撃となって俺を襲う。
ちょ、ちょっと位、触っても……
そんな考えと共に動きだした自分の手を、思いっきりひっぱたく。
待て待て待て! 何考えてるんだ大馬鹿野郎が!!
いくら相手がこちらに好意を向けてくれているからって、寝ている女性に無許可で触れようなんて、男として……いや、人間として最低の行為だぞ! 頭を冷やせ!!
危うく消え失せそうだった理性を必死に繋ぎとめ、手を引っ込める。
正直今のアイシスさんの姿は、本当に生唾ものだが……俺を信頼してくれているアイシスさんを裏切る訳にはいかない。
てか、いつまで見てるんだ俺!? 良いから布団かけ直せよ!!
混乱する思考の中で、何とか布団を再びかけると……丁度そのタイミングで、アイシスさんの顔に微かに光るものが見えた。
「……一人……や……だ」
「……」
どんな夢を見ているのかは分からない。
ただ、やはりこの方にとって……孤独と言う恐怖はずっと昔から付いて回って来た物なんだろう。
アイシスさんの顔に浮かぶ涙を見て、俺の中で今まで曖昧だった感情が確かな形になっていくのを感じた。
俺は、アイシスさんに……悲しい顔なんてして欲しくない。いつも、笑顔でいてほしい。
アイシスさんはこの世界でも頂点に近い力を持っているが、決して無敵な訳でも傷つかない訳でもない……だからこそ、その心を守ってあげたい。
この方の心に今も根付く孤独と言う感情から……守ってあげたいと、そう強く思った。
ゆっくりとアイシスさんの顔に手を近付け、その涙を丁寧に拭う。
するとアイシスさんは俺のその行動に反応し、ゆっくりとルビーの様な赤い瞳を開ける。
「……んん……カイト?」
「あっ、ごめんなさい。起しちゃいましたか?」
「……大丈夫……おはよう……カイト」
「おはようございます」
俺の顔を見て安心した様な笑みを浮かべるアイシスさんに、俺も笑顔を返す。
「アイシスさん、起きたら何しましょうか?」
「……え?」
「本がいっぱいあるって聞きましたし、見てみたいです。それに宝石が採掘できる場所もあるんですよね? よかったら、連れて行ってくれませんか?」
「……カイト」
「まだ、少なくとも二日間……一緒に居る訳ですから、一杯楽しみましょう。一緒に色々な事をしましょう。色々な物を見ましょう! ね?」
「……ッ!?!?」
俺の言葉に込められた思いを感じ取ったのか、アイシスさんは目に涙を浮かべて俺を見つめる。
先程眠りながら流していた涙とは明らかに違う、幸せそうな表情伝う雫……ソレが一滴布団に落ちると、アイシスさんは弾かれる様に俺に飛びついて来た。
「あ、アイシスさん!?」
「……カイト……好き」
「ッ!?」
その言葉は今まで何度も言われたものだったが、今回はいつもと違って……その声が、想いが、心の奥底を強く揺らしてきた。
「……初めて会った時よりも……ずっと……ずっと……好き」
「……アイシスさん」
「……世界中の……誰よりも……何よりも……カイトの事が……大好き」
「……」
告げられる言葉に大きく心が揺れる。
もうここまで来れば、いくら馬鹿な俺でも自覚する。
そうか、俺は……アイシスさんの事を、好きになりつつあるんだ。
優しく強く、それでもどこか儚く愛らしく……そんなアイシスさんが向けてくれる純粋な好意。
嬉しくない……筈が無い。
だけど、同時にとても悲しくなってしまう。
アイシスさんの事は……好きか嫌いかなんて問われるまでもなく、好きだ。
だけど、それでも、俺の心の中に一番大きく存在しているのは……クロなんだ。
だから、それを俺は……伝えなくちゃいけない。曖昧なままではアイシスさんに失礼だ。
「……アイシスさん。俺は……」
「……知ってる」
「え?」
「……クロムエイナの事が……一番好き……だよね?」
「……なん、で……」
「……分かる……大好きな……カイトの事だから……分かる」
「……」
そう言って微笑むアイシスさんの顔を見て、ズキリと心の奥が痛んだ。
「……私は……クロムエイナの事が好きなカイトも……大好き……だから」
「ッ!?!?」
辛い……どうしようも無く辛い。
でも、いつかは言わなくちゃいけなかった事なんだ……クロもアイシスさんもどちらも好き、なんて都合のいい話が通用しない以上。いつかは通らなければならな……
「……だから……私は……『何番目』でも……いいよ?」
「……へ?」
あ、あれ? ちょっと待って、なんか予想外の言葉が返って来たんだけど!?
ちょっと待って!? 10秒だけ考えさせて!!
俺はアイシスさんの告白に対し、自分の気持ちを伝えようとした……だけどアイシスさんはお見通しだったみたいで、俺のその想いを肯定してくれた。
そしてその後で、自分は何番目でもいいと宣言して……まるで意味が分からない。
「……い、いや、でも、えっと……それでは、不誠実なんじゃ……」
「……え? ……なんで?」
「……はい?」
あ、あれ? 本当におかしいぞ。
何かアイシスさんの反応は、諦めきれないとかそういう感じではなく……ごくごく素直に疑問に感じているみたいに見える。
い、一体何がどうなってるんだ? もしかして……前提が違うのか?
「えと、アイシスさん。一つ聞いて良いですか?」
「……うん」
「普通、男性は女性一人だけと結婚するんですよね?」
「……なんで?」
「な、なんでって……普通そうじゃないんですか?」
「……え? ……普通……男は……差はあるけど……だいたい『女4~5人』と……結婚するよ?」
「……は?」
「……一人だけど結婚……する人もいるけど……凄く……珍しい」
「えぇぇ!?」
え? 普通は男性は女性4~5人と結婚する? なにそれ、一夫多妻制って事?
「え、ええっと、それは貴族だけとかでは無くてですか?」
「……地位とか関係なく……皆そう……多い人は……20人位……結婚してる」
「……マジで?」
「……うん」
な、成程……だからあんな不思議そうにしてたし、クロの事が好きだって知っててもそれを肯定してくれたんだ。
拝啓、母さん、父さん――アイシスさんの事を大切な存在だと感じ始めている自分に気が付いたけど、クロへの想いの方が大きく、涙を飲んでそれをアイシスさんに伝えようとしたんだけど……どうも、アイシスさんの話だと、この異世界は――一夫多妻制らしい。
アイシスの事が好きになり始めている快人……それはさておき……
【一夫多妻制】
シリアス先輩「ぬわあぁぁぁ!?」
……まだ生き残っていましたか、しぶとい奴め……
そして、当作品はハーレムものです! 三角関係になって、泣く泣く身を引くとかそんなのはありません! そんなシリアス展開は許しません!




