建国記念祭④
店を開けて真っ先にやってきたクロ。とりあえずエリーゼさんに勧められた防音用魔法具と、クロが使っている認識阻害の魔法のおかげで周囲に気付かれた様子はない。
「トーレにチェントにシエンも、お疲れ様。今日は一日頑張ってね」
「は~い」
「「はい」」
家族である三人に声をかけた後、俺の方を見てニコニコと可愛らしい笑みを浮かべるクロ。相当楽しみだったという気持ちが、感応魔法を使わなくても伝わってきた。
「カイトくんたちのベビーカステラ、楽しみで待ち切れなくて、急いできちゃったよ」
「いや、本当に早いというか……絶対近くにいただろ」
「あはは、内緒」
「まぁ、ともかくクロがお客さん第一号だけど、普通のベビーカステラとチョコ入りのベビーカステラがあるけど……」
「うん。両方とも『100袋』ずつ欲しいな」
……なに言ってんのコイツ? 100とか言った? 合計で200袋って、お前それ200人の客が一気に来たようなものだぞ。
さすがに焼くにしても時間がかかり過ぎるし、その間他のお客さんに対応できないのも不味いような……そう考えていると、クロは明るい笑顔のままで告げる。
「あっ、大丈夫だよ。急ぐわけじゃないから、とりあえずいまは一袋ずつ買って、あとはまた閉店近くの時間にくるから、その時に渡してくれればいいよ」
「ああ、それならまぁ……開いてる時間に焼けばいいか」
いきなりとんでもない無理難題を吹っ掛けられたと思ったが、閉店までの間にというなら、適度に焼いてマジックボックスに放り込んでおけばいい。
先に焼いてマジックボックスに入れている分もあるし、大丈夫そうである。
とりあえず、いますぐに買うという一袋を作ることになり、せっかくクロに作るのだからと、トーレさんと俺で焼くことになった。
トーレさんがプレーン、俺がチョコ入りの分担で手早く焼き、それをチェントさんとシエンさんが袋に詰めてクロに渡す。
「ありがと~う~ん、いい匂い。美味しそうだね。それじゃあ、さっそく――ッ!?」
楽し気な笑顔でベビーカステラをひとつ口に運んだクロだったが、その瞬間笑顔は消え失せ、目は獲物を狙う猛禽類の如く鋭くなった。
「……これは、違う。ボクがいままで食べてきたどのベビーカステラとも……材料が違う。ボクが知りうる限り、あらゆる材料のあらゆる組み合わせでも、この味を出すのは無理だ……これは、シロが新しい食材を作ったのか!? この味は、確実にベビーカステラの次元をひとつ上に押し上げてる。しかも土台となる部分の押し上げ……ベビーカステラの新時代の幕開けと言ってもいいぐらいだ」
なんか、こういう姿を見てると……ああ、やっぱアインさんの主ってだけあるよなぁって思う。アインさんがメイドについて語ってる時と同じで、分けわからないことをこれでもかというほど真剣に語ってる。
「だけど、これは、素材の味が強すぎる。なにかを加えたり練りこんだりしても、素材の味に負けちゃう。このチョコレート入りのも――なんだって!? 負けてない? このレベルの食材の味に……これは……」
「……」
どうしよう、過去一ぐらいシリアスな顔でブツブツとベビーカステラについての考察を続けてるんだけど……そんな異様な雰囲気を出されては、店に他のお客さんが寄り付かないんだけど……。
なんというか、近寄り難いというか、声をかけるのをためらうようなオーラを醸し出しているクロに、俺たちもどうしていいか分からず困惑していた。
「……はいはい。そういう意味不明な考察は、戻ってからやってもらえます? そこに立たれてると邪魔なんすよ」
「シャルティア、待って、いまボクはベビーカステラの無限の可能性についての考察を……」
「可能性の云々の話はしてねぇんすよ。邪魔だっつってんすよ……ハイ撤去」
「ああっ、ちょっと待って! やっぱ、あと10000袋ぐらい注文を……」
「カイトさんたちを過労で潰す気ですか!? 却下です却下!」
……掌返しになるがマスコットとしてアイツが居てくれて本当によかった。客引きとしての効果は期待できないが、店の用心棒的なポジションとしては最高である。
あの状態のクロを撤去できる手腕は本当に頼りになるので、今日一日是非とも頑張ってほしい。
まぁ、とりあえず一難去ってくれたのはホッとした。しかし、気になるのは一難去ってまた一難という言葉もあるように、こういうことは連続するものだ。
さすがに開店早々にトラブル続きという展開にはならないで欲しいが……。
「水臭いじゃないか、盟友よ……なぜ、深淵の誘いにボクを召喚してくれなかったんだい」
……もう来たよ次の一難。フラグ回収早すぎではないだろうか?
シリアス先輩「ここで、アメルが来たか……なんか、滅茶苦茶しょんぼりしてそう」
???「鳥なんすけど、子犬感が強いんすよねこの人……」




