出店の準備⑧
ベビーカステラの出店を行うことを決めて、まず一番初めに行わないといけないのは出店登録である。統括所で行えるらしいのだが、他にも必要書類があるかどうかなどをエリーゼさんに尋ねに来た。
「……はぁ、本当に余計なことをいったです」
「あ、あはは、その、いろいろ教えてくださって助かってます」
現在俺は不満げなエリーゼさんと一緒に道を歩いて統括所に向かっていた。
なぜそうなったかといえば、エリーゼさんに出店の登録についてもう一度聞きに来たのだが、その時にいろいろ教えてもらったあと……『人間さんだけ行かすとなにやらかすか不安ですし、失言をした責任もあるですから、私もいくです』と言って、一緒に行くことになった。
まぁ、相変わらず棘のある口調ではあるが、つまるところ出店登録に付き添ってくれるという感じなので、本当に言葉とは裏腹に行動は優しい。
「そういえば、結局なんの出店をするかは決まったですか?」
「ええ、ベビーカステラの店をやろうかと」
「なるほど、定番ですけど、その分素人でもやりやすいですね。重ねて言うですけど、私の店の近くには出店するなです」
「了解です」
そんな風に雑談をしながら歩いていると、ふとある疑問が頭に浮かんだので、エリーゼさんに尋ねてみた。
「……話は変わりますけど、エリーゼさんって王都の通りに店があるじゃないですか、なのになんでワザワザ出店を出すんですか?」
「……はぁ」
「なぜそんな、呆れたような目を……」
純粋な疑問として尋ねてみると、エリーゼさんは呆れた様子でため息を吐いた。そして若干ジト目気味のままで、口を開く。
「いいですか、そもそもあの店は短期間に大量の客を捌くには向いてないです。入り口がひとつで人はけは悪いですし、大量の人が来ればすぐにパンパンになるです」
「言われてみればたしかに……」
「そして、私がひとりで切り盛りする以上、一度に応対できる客数にも限りがあるです。対して、出店の形式なら範囲や商品の種類を絞れるですし、扉などもないので人の流れを邪魔せずスムーズです。だから、祭のような形式であれば、店舗よりも出店の方が向いているです」
「なるほど、勉強になります」
やっぱ、なんだかんだで聞けば教えてくれるというか……むしろ割と丁寧に教えてくれるんだよなぁ。
「前々から思ってましたけど、エリーゼさんって商売上手ですよね」
「そうですか? このぐらいは普通だと思うですけど……まぁ、誉め言葉は素直に受け取っておくです」
「そういえば、また話は変わりますけど……エリーゼさんって、今日は特に予定とかはないんですか?」
「あるですけど、こうして人間さんと行動している以上、ある程度は暇です。それがどうしたですか?」
エリーゼさんの予定を聞いたのは、単純にいろいろお世話になったお礼をしたいと思ったからだ。ただなにか物を贈ろうにも、いまいちエリーゼさんの欲しいものが分からない。
なので、ちょうどお昼時だしご飯でも奢るのはどうかなぁと思ったわけだ。
「いえ、いろいろお世話になってますし、ちょうどお昼時なので出店登録が終わったらご飯でも食べに行きませんか? 俺が出しますので」
「……」
「あっ、いや、無理にとは言いませんが……」
「……別にいいですよ。それじゃあ、せいぜい高いものでもご馳走になるです」
「あっ、はい!」
辛辣なことを言われるかと思ったが、意外とあっさり了承してくれた。ほんの僅かだけど、感応魔法で伝わってくる感情が、少しだけ楽し気になった気がするので、喜んでは貰えているような……そんな気がする。
ま、まぁ、少なくとも嫌がられたりしなかったのはホッとした。
「……なにを百面相してるですか? 人間さんが言い出したことですよ」
「ああ、いえ、アッサリと了承してもらえたので、ちょっと意外でして……」
「人間さんは、私をなんだと思ってるですか……」
そう言って呆れたようなため息を吐いたあと、エリーゼさんは少し歩く速度を早める。そして、俺からは表情が見えなくなったタイミングで、ボソッと囁くように呟いた。
「……別に食事ぐらい、理由なんかなくても付き合うです」
おそらくそれは、ひとりごとのようなもので返事を求めてはいない言葉だったのだろう。ただ、俺としてはその言葉を聞いて少し安心した気持ちだった。
嫌われてはいないとは思っていたが、どうやら最低限友人ぐらいには思ってもらえているようでホッとしたし、嬉しかった。
シリアス先輩「最低限友人どころか、エリーゼの性格や素を出す相手がアリスと快人だけって考えると……好感度TOP3には確実に入ってるんだよなぁ……」




