番外編・むつら☆ぼし ふたつめ
死の大地にある死王アイシスの居城。その城の廊下をふたつの影が並んで歩いていた。片や背の高い虫人の剣士、六連星のひとり天刃星のシリウス。隣を歩くのも同じく六連星のひとりであり、小柄な体に十本の白い尾が特徴的な狐妖星ウルペクラ。
ふたりは軽い訓練を終えて、移動しているところだった。
「……というわけで、私は決意したのだ。腕を磨き、再びあの剣士に戦いを挑んでみせると!」
「もうその話は、何万回も聞いたっすよ。けど、不思議っすよね。そんな凄い実力の剣士なのに、噂の欠片も見つからないって……」
「やはりアイシス様が予想されたように、別の世界で腕を磨いているのかもしれないな」
「……それか、もしかしたらもっと根本的な部分を勘違いしているとかっすかね?」
シリウスがかつて破れた剣士を目標に腕を磨いているという話は、死王配下の誰もが知っている。というか、しょっちゅうその話をしているので、耳にタコができるなどというレベルではないほど聞き飽きていた。
ウルペクラもまた始まったかと言いたげな呆れた表情を浮かべていたが、あまりにも見つからないその謎の剣士に対して、なにか見落としがあるのではないかと口にした。
ちなみに、シリウスの語るなぞの剣士に関しては、死王配下の面々はシリウスの言葉を信じているので、謎の剣士が実在するという前提で考えている。もちろんウルペクラも同様である。
「その剣士の手がかりっていうのは、シリウスと同じ虫人型で、超越飛翔蛇流って剣術を使うんすよね?」
「ああ、その通りだ」
「う~ん……見た目に関しては、虫人型は特徴的なので見間違えるとも思えないっすね。じゃあ、流派を聞き間違えているって可能性はないっすか?」
「ふむ、なるほど、面白い着眼点だ……だが、イントネーションが多少違ったところで意味のある言葉になるだろうか?」
ウルペクラの言ったことを面白いと称しつつも、シリウスは疑問を投げかける。
「そうっすね……超越飛翔蛇流……ちょうえつひしょうじゃりゅう……ちょうぜつひしょうじゃりゅう……『超絶美少女流』とか、どうっすか?」
「ははは、それはまた面白いな。しかし、剣術の流派に、流石にそんな『馬鹿まるだしの名前』を付けたりはしないだろう」
「まぁ、そうっすよね。響き的にはいいか――へ?」
居城の廊下にポツンと立つウルペクラの元に、六連星のひとり極北星ポラリスが通りかかり、なんとも言えない表情を浮かべて首を傾げる。
「……やあ、ウルペクラ。我らが愛すべき居城に、どういった理由で『壁から生えた下半身』などという、趣味の悪いオブジェクトが追加されたのかな?」
「突如飛来した猫の着ぐるみが、私でもギリ視認できるかどうかの早さで鉄山靠決めて、ポーズして去っていったらこうなったっす」
「……シリウスは、幻王様になにか粗相を?」
「い、いや、それが分からないんすよ。別に、普通に話してただけなんすけど……」
ウルペクラは戸惑いつつ、先ほどシリウスと交わしていた会話をポラリスに伝える。
「……で、私がそれって超絶美少女流とかじゃないっすか~って言って、シリウスがそれを笑い飛ばしたら、シリウス自身が吹っ飛んだっす」
「ふむ、確かによく分からないね。しかし、超絶美少女流とはなんともへ……」
なにかを言いかけたポラリスだったが、直後に停止して少しの間虚空を見つめたあと、やや青ざめた表情で口を開く。
「いや、大変すばらしいネーミングだと思う。響きがいいね、輝いているようにすら感じるよ」
「……どんな『未来』を見たんすか?」
「……壁にもうひとつ趣味の悪いオブジェクトが追加される未来、かな……」
ポラリスには限定的な未来予知があり、条件はあるが己の行動の末の結果を先読みすることができる。その予知能力が見せたのは、シリウスと同じように壁に突き刺さる己の姿だった。
「……てことは、超絶美少女流ってのを馬鹿にするのがNG……いや、というか、超絶美少女の方っすかね? アリス様って、よくご自身を超絶美少女って言ってるっすし」
「ああ、そうかもしれないね。超絶美少女という単語を馬鹿にされたように感じて、シリウスが制裁を受けたと考えればしっくりくるよ」
「そうっすね。まぁ、それじゃ、シリウス引っこ抜くことにするっすよ」
とりあえずは納得したふたりは、壁に刺さっていたシリウスを引っこ抜く。そしてその最中に、ウルペクラはふとなにかを思い付いたように、近くにいるポラリスにも聞こえないほど小さな声呟いた。
「……実はシリウスの探してる剣士がアリス様だったり? いや、でも、そうだとしたら、虫人型魔族の剣士に変身して、シリウスの前に現れる理由がないっすね。じゃ、違うっすか……」
発想などに関しても天才的なウルペクラは、時折直感的に正解を叩き出すことがある……しかし、さすがのウルペクラも、幻王であるアリスが……たまたま傑作の剣が作れて、着ぐるみ着た上で、カッコつけて遊んでたところに偶然シリウスが現れたなどとまでは、考えが及ばなかった。
???「ちなみに、むつら☆ぼしは今後も番外編でちょこちょこ書くかもという感じで、次回からは、普通に本編です」




