十の尾を持つ狐④
すっかり懐いた特殊なミスティックシルバーであるウルペクラを連れて、アイシスは居城へ帰還した。配下であるイリス、ポラリス、シリウス、ラサルの四名もアイシスから紹介を受けてすぐに受け入れ、ウルペクラも最初は四人の魔力に怯えていたが、一日経つ頃には慣れたのか普通に接していた。
「……して、お前はなにを食すのだ?」
「キュ?」
「食事自体が不要か? それとも……なにか好む食材があるなら申告せよ」
「キュッキュッ」
死王陣営の料理担当でもあるイリスは、ウルペクラの食事に少々苦戦した。というのも、最初はペットの食事用にアレコレと用意して見たのだが、ウルペクラは基本的に嫌がり、なにかを主張していた。
アイシスが話せば、しぶしぶといった感じで食べるのだが、どうにも納得していないような様子を見てイリスはいろいろと調べてみた。
そしてその結果……。
「……つまり、お前は、我らと……もといアイシス様と同じものを食べたいわけだな」
「キュッ!」
「はぁ、だから不満げだったのか……分かった。ただし、ある程度は工夫するが、ナイフやフォークを使わないのだから、多少の食べにくさは我慢せよ」
「キュッ!」
結局のところウルペクラが嫌がっていたのは、自分だけ他と別の食事であるということだったみたいで、子供らしい理由に納得したイリスはそれ以後、ウルペクラにもアイシスたちと同じ料理を用意した。
しかし、それから数日経った辺りで、イリスは……いや、他の配下たちも驚愕に目を見開くことになった。
「……ウルペクラ、貴様……いつの間にナイフとフォークの使い方を覚えた?」
「キュゥ? キュッ!」
「てっきり筆頭殿が教えたのかと思ったが、そうじゃないみたいだね……なんともまぁ、尻尾で器用にナイフとフォークを持って、切り分けながら食べてるね」
「シリウスより行儀がいいナ」
「食材にもならん死肉は黙ってろ」
「ア?」
「は?」
わずか数日でウルペクラは、尻尾を器用に使ってナイフで料理を切り分けて、フォークに刺して口に運ぶという食べ方をするようになった。
「……ウルは……賢いね」
「キュッ!」
驚く配下たちをは裏腹に、アイシスは優し気な笑顔でウルペクラを褒め、ウルペクラも嬉しそうに尻尾を揺らしていた。
またある時は、大書庫で本探していたラサルの前に、一冊の本を尻尾で持って現れた。
「キュッ! キュキュゥ」
「うン? どうしたウルペクラ? まさカ、その本を読んで欲しいのカ?」
「キュッ!」
「ふム、知識欲があるのはいいことダ。しかシ、その本の内容は難しイ……少し待っていロ、丁度いい本を見繕ってきてやル」
「キュゥ?」
そう言ってラサルは大書庫の中から、子供向けの物語が書かれた本を持ってきて、大書庫の一角に用意されている椅子に腰かける。
「ほラ、これを読んでやル」
「キュ……キュキュ!? キュゥ!」
「うン? なんダ、なにか不満なのカ?」
「キュキュゥ! キュッ!!」
「ううン? なんだその動きハ……本ヲ、置ケ?」
「キュッ!」
「……つまりこうしテ、お前にも見えるように本を開いて読めト、そういうわけカ?」
「キュッ!」
「……まァ、別に構わないガ、挿絵があるわけでもないのだがナ」
ウルペクラの不思議な行動に首を傾げつつも、ラサルは要望通りウルペクラに見えるように本を開いて読み聞かせを行った。
その後も、ウルペクラは頻繁にラサルの元に本を持って現れて読み聞かせを強請り、何度か要望通りに本を読んでやるのを繰り返し十日ほどが経った頃、異変は起きた。
その日もラサルは、大書庫で次の実験に使う本を探していた。すると、開けた場所で床に本を置き、尻尾で器用に開いているウルペクラを見かけた。
「……なにをしていル? その本が読みたいのカ、ウルペクラ?」
「キュッ! キュゥ!」
「うン? 今度はなんダ? 尻尾の先……この単語カ? これは……」
「キュ」
ウルペクラが尻尾の一本で刺したページに書かれていた単語を読むと、ウルペクラは頷き本に視線を戻す。そして、少しすると尻尾で器用にページをめくる。
それを見ていた、ラサルは信じられないものを見たと言いたげの表情を浮かべる。
(待テ、なにをしていル? まさカ、コイツ……本を読んでいるのカ? だガ、文字など誰も教えてなど――まさカッ!?)
どう見ても本を読んでいるように見えるウルペクラを驚愕した表情で見ていたラサルだが、その途中である考えに達しさらに深い驚きを顔に表す。
(覚えたのカ!? 私に本を読まセ、その発音と本に書かれている文字を照らし合わせテ、この短期間で自力で本を読めるまでニ!?)
そう、全てが繋がった。なぜウルペクラが自分にもページを見えるように本を開けとしつこく要求してきたのか……ウルペクラは、ラサルに本を読み聞かせてもらうことで、文字や単語を独学で習得していたのだ。
しかし、それを僅か十日程度で習得してしまうというのは桁外れであり、ラサルも思わず戦慄した。
(……間違いなク、桁外れの天才ダ。この調子なラ、すぐに高度な知識を身につけるゾ……)
のちにアリスをして世界のバグレベルと言わしめるほどの才能を持つ天才は、徐々にその片鱗を見せ始めていた。
シリアス先輩「十日間……推定十冊程度の本を読み聞かせてもらっただけで文字を覚える狐……さすがは、リリアと並んでトップレベルの才能と言われるだけはある」
???「ぶっちゃけこの時点ですでに、魔族認定を受けるレベルの知識は獲得しているっていう恐ろしさですからね。加速度的に成長していく感じですね」




