十の尾を持つ狐②
アイシスさんは倒れた狐の前にしゃがみながら、真剣な表情で口を開く。
「……カイトの魔力は……凄い適応力がある……だから……私とカイトの魔力を混ぜで……魔力構造を作り変える」
「なるほど……えと、俺はなにをすれば?」
「……私の手を握っていて欲しい……カイトの魔力を借りて……きっとこの子を……助ける」
なんというか、アイシスさんの成長が感じ取れるというか……強くなった気がする。力とかではなく心が……いまのアイシスさんなら、きっとこの狐を助けることができるだろうと、そう確信するほどにアイシスさんの声は力強かった。
俺はアイシスさんの言葉に頷いたあと、アイシスさんの隣にしゃがみ手を握った。するとアイシスさんは狐に手をかざし、狐の体が一際強く輝くと共に俺の体からごっそり抜ける感覚がした。
「くっ……」
「……カイト……大丈夫?」
「大丈夫です。魔力が減ったら世界樹の果実を食べて回復するので、遠慮なくどうぞ」
「……うん……ありがとう……カイトが居てくれて……心強い」
俺の魔力量は少ないので、アイシスさんにとってほんの僅かな魔力でも、俺にとっては相当の量の魔力だ。だが、魔力は世界樹の果実で回復できるので、問題ない。魔力が急激に抜けていく疲労感や倦怠感はあるが、些細な問題である。
「……アイシスさん、この子はどうしてこんなことに?」
「……普通の魔力構造じゃない……この子の魔力構造は空気中の魔力を……際限なく取り込むようになってる……体の限界を超えても……まるで……蓋が壊れているようなイメージ」
「それで、際限なく魔力を取り込んだ結果、体内から破裂しそうになっているってことですか?」
「……むしろ……魔力構造以前に……元々の魔力自体が大きすぎる……いまこうして干渉してみた感じだと……もっとずっと前に……体が崩壊しててもおかしくない……たぶんこの子は……天性のセンスで膨大な魔力を抑えてた……だけど放出せずに抑え込んだままの魔力……そこに滅茶苦茶な魔力構造が無理に取り込んだ魔力が合わさって……抑えきれなくなったんだと思う」
「……なるほど」
言ってみれば、途中で止めることが出来ずに空気が入り続ける風船みたいな感じだろうか? おそらくアイシスさんの言う天性のセンスによって、それでもしばらくは魔力を抑えていたんだろうが、それも限界となりここで倒れてしまったと……。
感応魔法で読み取った嫌な感じは、魔力が爆発しそうになっている前兆を感じ取っていたのだと思う。
そんなことを考えつつ、魔力が減ったら世界樹の果実を食べるというのを三度ほど行うと、狐を包んでいた光が収まり……荒かった呼吸も穏やかになった。
「……これで……大丈夫……魔力構造を作り変えたから……際限なく魔力を取り込むこともなくなった」
「やりましたね!」
「……カイトのおかげ……ありがとう」
「いえいえ、俺よりもアイシスさんのおかげですよ」
「……それじゃあ……この子が起きる前に……私は離れるね」
「え?」
「……動物や魔物は魔力に凄く敏感だから」
そう言って少し寂し気に微笑んだあと、アイシスさんは立ち上がり、狐から5mほど離れる。死の魔力を考慮してのことで、狐を気遣った結果ではあるのだが……なんというか、少し寂しい気持ちになりつつ、俺も立ち上がってアイシスさんの隣に移動して狐の様子を見守る。
少しすると、狐はゆっくりと起き上がりキョロキョロと周囲を見渡し始めた……いままで横になってたせいで気付かなかったが、たくさん尻尾があるので魔物っぽい感じがする。
ざっと数えてみたところ十本の尻尾……九尾じゃないのか……。
そんなことを考えていると、狐は俺たちに気付くと……なにやら嬉しそうに十本の尻尾を振りながら駆け寄ってきた。
「……あっ……駄目っ」
アイシスさんが焦ったような声を上げるが、想像とは裏腹に狐は怯えた様子もなくアイシスさんのと俺の元まで駆け寄ってきた。
「……あ、あれ? ……逃げない?」
「全然怖がってないみたいですね」
「……なんでだろう……魔物は特に魔力に敏感なんだけど……」
予想とは違った事態に戸惑いつつ、アイシスさんが恐る恐る狐に手を伸ばすと、狐は嬉しそうにアイシスさんの手に顔を擦り付ける。
「キュッ!」
「……可愛い」
「どれどれ……」
「キュゥ!」
「うわっ、すっごく人懐っこいですねこの子……」
戸惑いつつも嬉しそうにするアイシスさんの横で、俺もしゃがみこんで手を伸ばしてみると、狐は嬉しそうに俺の手にも体を擦り付けてきた。
俺たちに全力で甘えている感じで、非常に可愛らしい。
そんな可愛らしい狐の姿に和んでいると、背後から戸惑ったようなアリスの声が聞こえてきた。
「……十本の尻尾……白銀の体毛……巨大な魔力とは裏腹の滅茶苦茶な魔力構造……おいおい、マジっすかこれ……え? 十尾? 暴走せずに魔力を抑え込んでた? あははは……頭痛くなってきました」
シリアス先輩「……終わった?」
???「もうちょっとで終わりますよ(シリアスが)」
シリアス先輩「分かった」




