十の尾を持つ狐①
非常によく晴れ、雲一つない青空が広がる日。俺は魔界北部に来ていた。死の大地からほど近いこの場所は、魔物が多く生息することもあって、観光地等ではなく、近くに住んでいる種族もいない。
魔界でもそれなりに危険な地帯として認識されている場所である。俺がなぜそんな場所に居るのかといえば……一言でいえば、ピクニックみたいなものだった。
「……カイト……これは……どうかな?」
「あっ、いいですね。本に出ていた琥珀のイメージとピッタリですね」
気に入った本に出てきた品を記念として収集するというアイシスさんの趣味。わりと最近発売された本で、俺とアイシスさんが共に高評価だった物語にこの場所が登場し、登場人物が琥珀を拾うというシーンがあったので、一緒に収集に来たというわけだ。
森というほど木々が多いわけでもないので、琥珀がちゃんとあるかどうかは不明だったし、なければ別の品を探す予定ではあったが、無事に見つけることができた。
魔物の生息が多い場所ではあるが、アイシスさんの死の魔力のおかげでまったく魔物を見かけることもなく、少し開けた場所で昼食を食べることになった。
アイシスさんが作ってきてくれた弁当は非常に美味しそうで、俺の好きなおかずばかりで嬉しい限りだ。
「……うん。すごく美味しいです! なんというか、アイシスさんの料理の腕が前より上がってる気がしますね」
「……イリスに時々教えてもらってるから……カイトが喜んでくれたなら……私も……嬉しい」
「そういえば、意外と午前中であっさり見つかりましたけど、午後はどうしますか? この辺はあまり観光とかには向かない感じですけど……」
「……私はカイトと一緒なら……全部嬉しいけど……う~ん……私の城に行く?」
「それもいいかもしれませんね。そういえば、俺もいくつか新しい本を買ってきたので、それを読むのもよさそうですね」
なんとなくではあるが、最近本のブームが来ているのか、いろいろな本が新発売されている印象がある。その原因のひとつが、少し前にセーディッチ魔法具商会が発表した新魔法具で、俺たちの世界で言うところのカメラのような品である。
まだ、映像魔法具までは完成していないみたいだが、カメラが完成して写真を撮ることができるようになったのが大きいのだろう。
新技術であるため、いまは魔法具もかなり高価ではあるが、画期的な新技術ということもあってかなりの注目を集めている。
「カメラ……じゃなくて、記録魔法具が発表された影響で、いろいろな本が出版されてますね」
「……うん……いろいろ手探りで……挑戦している段階だと思うけど……凄く面白い……絵とは違ったよさがあって……凄くいい」
「個人的に物語とかの挿絵は、絵の方がしっくりきますが、観光雑誌とかは写真の方が分かりやすくていいですね」
本好きのアイシスさんとしても、いろいろなジャンルの本が増えるのは歓迎みたいで、食事をしながらの話はかなり盛り上がった。
そのまま、会話と食事を楽しみ、弁当を食べ終わったあと、食休みということもあって少しのんびりと過ごす。
生憎と観光地などではなく、景色がよかったりはしないが非常にいい天気ということもあり、普通の風景もこれはこれで味があっていい気がした。
アイシスさんと手を繋いで大き目の木の下にシートを敷いて座り、互いにもたれ掛かるようにして穏やかな時間を楽しむ。
気を抜けばこのまま眠ってしまいそうな、そんな幸せな時間だったのだが……突如妙な感覚がした。
「ッ!?」
「……カイト? ――ッ!?」
俺の反応に首を傾げかけたアイシスさんだったが、すぐに俺と同じことに気付いたのか表情を真剣なものに変える。
「なんでしょうこれ? なんか、ゾワゾワするというか、変な感じなんですが……」
「……妙な……魔力の流れ……あっちから……行ってみよう」
「わかりました」
アイシスさんの言う通り、なんというか妙な感じだ。どことなく不安になるような、そんな奇妙な魔力を感じつつ、アイシスさんと共に発生源に移動すると……。
そこには……白い体毛の小さな狐が横たわっていた。そして、その体が不気味に発光しており、光が強くなったり弱くなったり、まるで点滅しているように見えた。
狐は横たわったままで荒い呼吸を繰り返しており、外傷は見当たらないが普通とは思えない状態だった。
「ア、アイシスさん、これはいったい……」
「……体の魔力が……凄く不安定……魔力を無理やり抑え込んでるみたいに見えるけど……体内にある魔力が大きすぎて……コントロールできてない……いまにも……爆発しそう」
「爆発っ!? そんな……なんとか……ならないんでしょうか?」
ハッキリと分かったわけではないが、感応魔法で伝わってくる狐の苦しみや、アイシスさんの声でかなり不味い事態ということは理解できた。
狐は小さく、子供のようで……苦しんでいる姿に胸が痛み、思わず問いかけると、アイシスさんは難しい表情を浮かべる。
「……方法はあるけど……難しい……怪我とかじゃないから治癒魔法じゃ駄目……体内の魔力構造を組み替えるしか……助ける手段はない」
「その構造を組み替えるのが難しいんですか?」
「……ううん……それ自体は問題なくできる……けど……私の死の魔力は他の魔力を破壊する……だから私は……魔力による修復は……凄く苦手」
その言葉を聞いて思い出したのは、かつて聞いた話……アイシスさんは壊すのは得意だが治すのが苦手であり、壊れた岩山の修復の際に何度も失敗して山を壊していた。
治癒魔法のように、相手の元々持つ治癒力を高めたりする魔法は問題ないのだろうが、魔力を直接修復に用いたりするのは苦手ということだろう。
一瞬、それならアリスに頼めばいいのではないかと、そう考えたが……アイシスさんの表情を見て、出かかっていた言葉を呑み込んだ。
アイシスさんの表情は難しいと言いつつも諦めている様子ではなく、狐を救う方法を探しているような、そんな表情だったから……。
「……魔力……組み合わせ――そうだっ!」
「アイシスさん?」
「……カイト……力を貸して欲しい……カイトの力があれば……助けられる」
「……わかりました。なにをすればいいですか?」
首を横に振る選択肢などはないし、どうやってなどとは聞く必要もない。アイシスさんが俺に力を貸して欲しいと求めているのであれば、協力することにためらいなどない。
だから尋ねるのは、俺がなにをすればいいか……それだけで、十分だ。
???「……あれ? シリアス先輩……なに布団被って寝てんすか? 見ないんですか?」
シリアス先輩「……アイシスエピでしょ? 甘いんでしょ? 終わったら起こして……」
???「………………分かりました(ちょっとシリアス展開なのに)」




