教主の誘い⑧
快人と共に水連で食事を終え、大聖堂まで送ってくれた快人に丁重過ぎるほどに礼を言ったあとで、オリビアは自室である教主の間に戻ってきた。
快人とお茶をした時のテーブルなどを片付け、祭壇上の快人用の椅子も収納し、改めてそこに神界を象った神教のシンボルマークを飾る。
そして、流れるような動作で膝をつくと、オリビアは祈りの姿勢になった。さすが、教主として神教の象徴ともいえる存在でもある彼女の祈りの姿は堂に入ったもので、見る者がいたなら見惚れるほどの神々しさがあった。
そんな祈りの姿勢で目を閉じつつ、オリビアは……。
(わ、わわ、私はなんという浅ましく愚かな行為を! ミヤマカイト様に無理を言って結婚式に参加させていただいたというだけでも罪と言えるのに、それどころか……あぁぁぁぁ!?)
見る者を惹き付ける祈りの姿とは裏腹に、心の中は大混乱に陥っていた。
(そもそも、勉強のためというのであれば他に結婚式を見学する方法などいくらでもあったはずです。そこをミヤマカイト様にお願いした時点で、教え導いてもらいたいなどという浅ましい欲があったことを否定できません)
そこまで思考を巡らせたあとで、オリビアはスッと立ち上がり呟く。
「……思考が荒れていますね。一度身を清め、この浅ましき欲を洗い流さなければ……」
オリビアが軽く指を振ると目の前に別の空間が作り出された。友好都市に居る際のオリビアは最高神に匹敵する力を持つ上、権能に近い能力も複数有するため、空間を作り出す程度は造作もない。
作り出した空間の中は、広い泉になっており、オリビアが空間内に入るとその服装が薄手の法衣に変わる。
そして、オリビアは空間の入り口を閉じてから泉の中央に移動し、体の半分を水に浸けながら再び祈りの姿勢となった。
(……結婚式はまだよいとしましょう。ですが、その後は猛省すべきです。披露パーティの前に先んじてお優しいミヤマカイト様に傍に控える許可をいただいたのをいいことに、我が物顔で隣の席に座り、さらには食事に集中すべきところを、時折ミヤマカイト様の横顔に見惚れてしまうなどと……)
思考を巡らせながらオリビアがグッと手に力を籠めると、泉が凍りつく。氷に閉ざされて相当の冷気が漂う泉の中央で、オリビアは身じろぎすることなく祈りを続ける。
(し、しかも、それどころか、本来であれば自力で帰るべきところを、ミヤマカイト様に送っていただき……お疲れのミヤマカイト様を引き留めて茶に誘うなどと、まるで娼婦のような浅ましき行動を……しかも、その理由が……理由が……ミヤマカイト様の世界の茶を勉強したことを知ってもらいたいからなどという、浅ましすぎる愚考……)
そこで再び、一度思考を止めオリビアは祈りの姿勢を解いて指を振る。するとオリビアの両側に滝が現れ、洪水のような水がオリビアに降り注ぐ。
水の轟音が響く中で、再びオリビアは祈りの姿勢になって思考を再開した。
(ともかく、心の底からの反省を……ミヤマカイト様が用意してくださったワガシ……マジックボックスに入れて持ち歩いているということは、ミヤマカイト様はワガシを好んでいるのでしょうか? もし、私がワガシを学んで作れるようになれば、ミヤマカイト様が喜んでくれ――ッ!?)
慌てた様子で立ち上がったオリビアは、羞恥か怒りかは分からないが、顔を赤く染める。
「な、なんと無礼な思考を……や、やはりこの程度では……」
そう呟いて指を振ると、泉や滝が消え、今度は周囲に燃え盛る炎が現れる。炎は一瞬で空間を覆いつくし、あっという間に空間内の温度を桁外れに上昇させる。
魔力の炎による凄まじい熱により空間内は太陽の表面温度にも匹敵するほどの熱さとなったが、そんな中でオリビアは躊躇なく両膝を付いて祈りを始める。
(ど、どこまで浅ましいのですか私は!? 思考を無に……心を無に……静かなる祈りを……)
灼熱の業火の中で祈りを捧げながら必死に思考を落ち着かせようとするオリビアではあるが、意識しないようにと考えれば、逆に意識してしまうものである。
オリビアの頭の中には、快人と過ごした今日一日の出来事が次々と思い浮かんでいた。
……ハッキリ言ってしまえば、楽しく幸せだった。もっと長く話していたいと、快人が帰ってしまうのが名残惜しいと思ってしまうほどに……。
だが、オリビアの溢れるほどの信仰心がその感情をよしとしない。己の欲望で快人の行動に影響を与えるなど、彼女にとっては恥ずべき愚行……の、はずだった。
(……ですが、ミヤマカイト様は楽しそうにしてくださって、茶も美味しいと……うぅぅ……な、なぜですか!? なぜ今日に限って、こんなに雑念が次々と……祈りに集中できない。もっと、もっと己を追い込まないと……)
その後もかなりの時間祈りを捧げていたが、思考が定まることは無く、オリビアは時折顔を赤くしたり無意識に微笑んだりしながら、快人のことばかりを考え続けていた。
……なお、余談ではあるが、翌日疲れた様子のオリビアを見かけた信徒や神官たちの間で、まことしやかに『オリビアが想像を絶する荒行を行っている』という噂が流れることになったが……あながち間違いとも言えなかった。
シリアス先輩「信仰心と他の感情がごちゃ混ぜになって混乱してる感じか……キリがいいし、この話はここまでかな? 次の話は?」
???「アイシスさんの話っすね」
シリアス先輩「……熱っぽいので家に帰ります」
???「ここが家っす」




