教主の誘い⑥
水連に到着して扉を開けて中に入る。少し時間を潰したこともあって夕食時からはズレたが、逆に空いていてよさそうだ。
「いらっしゃ――あれ? 快人くんとオリビア様?」
「こんばんは、香織さん」
「お邪魔します」
軽く挨拶をかわしてカウンターの席に座ると、香織さんが水を出しつつ話しかけてきた。
「珍しいね。オリビア様は予約無しでの来店だし、快人くんも普段来る時はもっと早い時間だよね。それにまた、ずいぶん高そうな服着ちゃって……」
「ええ、実は――」
たしかに香織さんの店には何度も来ているが、普段はもう少し早い時間とか昼間に行くことが多いので、今日の来店時間は珍しいかもしれない。
とりあえず、香織さんに一通りの事情……結婚式に参加した帰りであり、一緒に参加したオリビアさんと話をしていて香織さんの店に行こうという話になったことを説明した。
俺の話を聞いた香織さんは、納得したように頷く。
「なるほど、結婚式か~だから礼服……うん? あれ? 一緒に参加した? オリビア様が?」
「ええ、一度神教が主導して行う婚姻の儀を教主として直接見ておきたかったので、ミヤマカイト様に無理なお願いをした形になります」
「ふむふむ、参加してみてどうでした?」
「非常に学ぶことが多かったです。実際に進行をすることができたので、良い勉強になりました」
「……なんか、さっきからちょくちょく、常識外そうな感じの単語が聞こえるけど、お腹痛くなりそうだから聞き返さないことにしよ」
香織さんはオリビアさんの話を聞いて少し遠い目をしたが、切り替えるように明るい笑顔を浮かべてメニューを出してきた。
「それじゃ、注文どうぞ~」
「あっ、俺は鶏肉のトマト煮定食で」
「私も同じもので」
「ほぅ、お目が高い。最近前よりいい鶏肉仕入れられるようになったから、期待値はドーンと上げてくれていいよ! 定食屋としての期待値でね!」
「あはは、それは楽しみですね」
オリビアさんのオススメということで選んだ定食だが、香織さん的には結構自身の品みたいだ。それはともかくとして、いい鶏肉を仕入れられるようになった? 新しい取引先でも見つけたのかな?
「いい鶏肉を仕入れるようになったってことは、新しい取引先を見つけたんですか?」
「うん。って言っても、私が見つけたんじゃなくて、茜さんに紹介してもらったんだけどね」
「え? 茜さんって、三雲茜さんですか?」
「そうだよ。快人くんに話を聞いたって、ウチの店に来てくれてね。それから同郷のよしみってことで、いろいろ仕入れに協力してくれてるんだよ」
「……茜さんと知り合ったのは、ごく最近なんですが……即来たんですね」
「茜さん、行動力の塊みたいな人だからね」
「たしかに……」
来店して仕入れに協力して、実際に鶏肉の仕入れの仲介を行ったとしたら……茜さんは本当に、俺と会ってから数日中には香織さんの店に足を運んだのだろう。
「けどそっか、結婚式かぁ……」
「香織さん?」
「いや、この世界だとそもそも長命種も多いし、婚期とか気にする人も少なめだし、周りがどんどん結婚したりとかはないんだけど……三十路近いとちょっとなぁ、思うところはあるなぁと……」
「そ、そういうものですか?」
「そういうものだよ。焦るべきじゃないと思いつつも、ふとした瞬間に焦ることがあるんだよ」
な、なんだろう、少なくとも迂闊に踏み込むべきではない話題であるというのは理解できる。香織さんの纏う哀愁が半端ないというか、生半可な気持ちで踏み込んだら大失敗しそうだ。
そう考えていると、オリビアさんが首を傾げつつ口を開いた。
「ミズハラカオリさん、質問しても構いませんか?」
「え? あ、はい。なんですか?」
「なぜ、年齢が30に近いと婚姻に対して焦りが生まれるのでしょうか?」
「……せ、説明が難しいですね。なんというか、30になっても独り身っていう感覚というか……」
「それを言うのなら、私は1000歳を超えていますが?」
「そうなんですよね!? だから、この世界の方にこの感覚を説明するのが難しいんですよ……」
オリビアさんに一切の悪気はなく、純粋な疑問で尋ねているのだろうが、香織さんとしては非常に答え辛い質問だろう。
なにせ、年齢を理由に説明するには、香織さんはオリビアさんから見ればむしろ子供と言っていいほどに若いわけだし……。
「えっと、オリビアさん。俺たちのいた世界には種族は人間しかいなくて、寿命もこの世界の方々ほど長いわけではなかったんですよ。なので、30というと結構な節目って言っていい年齢で、気にする人も多かったんです。香織さんもその感覚が強いのかと……」
「なるほど、世界間における常識の違いというものなのですね」
俺がフォローを入れると、香織さんはホッとした様子で胸を撫で下ろす。
「まぁ、それはそれとしても、気にし過ぎても仕方ない部分もありますよね」
「そうなんだけどねぇ。頭ではわかっててもいろいろとね……快人くんも、三十路近くなれば分かるよ。やっぱり、結構年取ったなぁって感じが現れてくるんだよ」
「……えと……俺、シロさ……創造神の祝福の影響で、不老になってるので……すみません」
「不老? 老いないの? そんなの……ズルじゃんかぁぁぁぁぁ!!」
店内に、香織さんの魂の叫びが木霊した。
シリアス先輩「そうなんだよな、30代って言うと、むしろ登場人物の中でも下から数えたほうが早いレベルで若いんだよな」
???「カイトさんの恋人で言えば、アニマさんを除けば、2年経過でいま25歳のリリアさんが最年少ですからね」




