天突く巨竜が現れた
リリウッドさんと合流して軽く挨拶を交わすと、リリウッドさんは穏やかな微笑みを浮かべたままで言葉を続ける。
『折角なので、ユグフレシスを見て回って……と言いたい所ですが、それだとアイシスに怒られてしまいますね』
「うん?」
『アイシスは貴方が来るのを本当に楽しみにしています。迎えにも自分が行くと言い張っていたのですが、流石にゲート付近に来ると大騒ぎになってしまいますので……』
そう言えば、普段アイシスさんや六王の方々は、転移魔法を使って移動しておりゲートを通過してはいない。
今みたいに、リリウッドさんが治める都市ならまだしも、ゲート付近には人が非常に多いので、六王が現れると騒ぎになってしまうのだろう。
アイシスさんだと特に死の魔力もあるので、大変かとは思う……
そんな事を考えていると、リリウッドさんが何かに気付いた様に首を傾げる。
『おや? カイトさんが腕に付けているのは、魔法具ですか?』
「え? ええ、クロに作ってもらった転移魔法具です」
現在俺の腕には、白い魔水晶がはめ込まれたブレスレット……クロが作ってくれた転移魔法の魔法具がある。
なんでも、50まで転送地点を記憶でき、人界から魔界へも転移出来る上、一度使っても10分程度で再使用が可能になる優れ物らしい。
その事を伝えると、リリウッドさんは驚いた様な表情を浮かべる。
『流石、クロムエイナですね。それ程となると再使用までに時間が必要な点以外は、私達六王の転移魔法と変わらぬ性能と言えます』
「ただ……一回試しに使ってみたんですけど、気持ち悪くなりました」
『慣れてないと転移酔いをしてしまいますからね。何回か使用すれば慣れて来ると思いますよ』
「成程」
『話が少し逸れてしまいましたね。あまりアイシスを待たせるのも何ですので、そろそろ行きましょうか』
「はい」
その言葉に頷くと、リリウッドさんが一体化している木から枝が伸び、それが編み物をするように絡んで椅子の形へ変わる。
『どうぞそこに座って下さい。転移魔法で行けば一瞬ですが……カイトさんは魔界に初めて来た訳ですし、少し魔界の地を見学しつつ向かいましょう。あっ、ご安心をそれに関してはアイシスも了承しています……まぁ、少々急ぎますが』
「分かりました、失礼します」
どうやらアイシスさんの居城に転移魔法で移動する訳ではなく、少し魔界を案内してくれるらしい。
ソレは確かにありがたい。魔界がどんな所か興味があるし、アイシスさんも了承してくれているなら是非お願いしたい。
ここからだと森の中と言う感じしかせず、いまいち魔界の景色と言うのが掴めない。
イメージ的には薄暗くて荒野が多そうな感じだが……
魔界の情景をアレコレ想像しながら、リリウッドさんが用意してくれた木の椅子に座ると、フワリと椅子が浮かび上がり……リリウッドさんに続く様にかなりの速度で移動し始める。
想像以上に速い事に驚いたが、魔法で障壁が張ってあるのか風圧などは感じず快適だった。
「あれ? そう言えば、リリウッドさんがどうやって移動してるんですか?」
『実はちょっと浮いてます』
「……あ、本当だ」
木と一体化しているリリウッドさんがどうやって移動しているのかと思ったが、言われてみると確かに根元が少し浮いていた。
しばらく高速で流れていく景色……新幹線の中から眺めている様な感じで森を進むと、進路先に光が見えいよいよ森を抜けるみたいだった。
そして森を抜けると、一面に広がるのは岩肌の荒野……では無く緑あふれる草原だった。
「……あれ?」
『ふふふ、イメージと違いましたか?』
「えっと……」
『何故か、異世界の方は魔界と聞くと……薄暗くて岩肌の多い場所をイメージするらしいですね』
うん。確かにそんな地獄みたいなイメージだったが、実際に見ると全然違う。
何と言うか行った事は無いがアフリカを連想させる感じで、広い草原には大小様々な魔物や動物の群れが見え、空には巨大な鳥が飛んでいる。
「何と言うか、思ったより人界と似ていますね」
『ええ、それはまぁ次元の壁で隔てられているとは言え、同じ世界ですからね。勿論生息している生物はかなり違います……魔界には大型の魔物や動物も多いですからね』
「成程」
『尤も地域毎にも特色はあります。南部等は高い岩山が多く、影になる場所も多数あるのでカイトさんのイメージに近いかもしれませんね』
そのままリリウッドさんは、軽く魔界について説明をしてくれる。
今俺達が居る北部には、北端に氷に覆われた大地があり、それ以外は草原と森が殆どでアイシスさんとリリウッドさんが住んでいる地域らしい。
南部には岩山と荒野が多く、竜種が多く住む地域で竜王もそこに住処がある。
西部には砂漠や火山が多いらしく、メギドさんが治める都市があるらしい。
東部は比較的北部に近く、草原や湖が多くあり……クロの住処があるらしいが、クロは別に領地を持っていたりはしないみたいで、大都市と言うよりは街や村が多い地域みたいだ。
ちなみに幻王はどこにも居城を持ってはいないらしく、リリウッドさんも普段どこに居るかは知らないみたいだ。
ともあれそう言った地域ごとの特色はあるが、そもそも魔界自体が凄まじく広大な為、どの地域にも色々な環境の場所があるみたいなので、あくまで参考程度にと言う事らしい。
リリウッドさんの丁寧な説明を聞きつつ、青空の広がる草原を眺めていると……移動していた木の椅子がゆっくり停止する。
『……おや、珍しいですね。カイトさん、あちらを……ベヒモスがいますよ』
「へぇ、ベヒモスなら俺も――でかっ!?」
リリウッドさんの言葉を聞いて、視線を横から前に動かすと……そこには濃い紫色の体をした化け物が居た。
ベルを思い浮かべていたのだが……そこに居たベヒモスはあまりにも巨大で、高層ビルかと思う程の巨大な体躯に、赤い角……怪獣映画でも見てる気分だった。
一人で遭遇していたなら、即座に逃げ出していただろうが……現在俺の前にはリリウッドさんが居るので、安全面に関しては安心出来る。
ベヒモスはこちらに気付き、リリウッドさんを見てビクッと体を動かした後、低い唸り声を上げ始める。
『……困りましたね。怯えて逃げてくれればと思いましたが……逃げられないと思って、こちらに攻撃してくるつもりみたいですね』
「えぇ!?」
呆れた様子で溜息を吐きつつ告げるリリウッドさんの言葉を聞き、いくら六王のリリウッドさんが居ても思わず焦ってしまう。
何故ならベヒモスの体躯はリリウッドさんの数十倍はあり、威圧感がとんでもない。
そしてベヒモスの角から赤い雷光が迸り、それが口元に集まっていく。
あの、閃光の様なブレス!?
そう思い思わず身を竦ませるが、リリウッドさんは全く動揺した様子は無い。
赤い光が臨界点を迎え、閃光が放たれると、巨大な木の根が俺の視界を覆った。
『ご安心を……あの程度の小さな火の粉を払うのなど容易い事です。私が居る限り、カイトさんに傷など負わせませんよ』
「……」
あの凄まじい巨体から放たれる閃光を軽々と防御し、リリウッドさんは静かに身に纏う魔力を大きくしていく。
『……やれやれ、無益な戦いは好みません。少し威嚇して逃げてもらう事に……おや?』
「なっ!?」
リリウッドさんがその身に宿る凄まじい魔力でベヒモスを威嚇しようとした瞬間、大きく大地が揺れた。
「じ、地震!?」
一瞬地震かと思ったが、そうだとするとあまりにも妙で、大きく大地が揺れて止まり、少しして再び大地が揺れる。
あり得ない事だが、まるで『何者かの足踏みで大地が揺れている』様な感覚だった。
『……何と珍しい。住処から出向いて来るとは……』
「え? ――ッ!?」
驚いた様に告げながら振り返るリリウッドさんにつられ、俺も後ろを振り返り……言葉を失った。
「なっ!? あ、あぁ……」
それは、信じられない光景だった。
今遭遇したベヒモスは、魔界に来るまでで見た中で最大の大きさだったメギドさんを遥かに上回る体躯で、そのあまりの巨体に圧倒されたものだ。
しかし、今は――そのベヒモスでさえ、豆粒のように思えてしまう。
振り向いた視線の先、遥か彼方から……こちらに向かって『山』が近付いて来ていた。
いや、山じゃない……山の様に巨大な何かが、こちらに向かって来ている。
なんだアレ、どうなってるんだ!? ここからは相当の距離がある筈だ……なのに、巨大すぎて全容を把握できない!?
この距離でアレだけ大きく見えるって事は、富士山……いや、それ以上!? な、なんて馬鹿げたサイズ……アレは本当に生物なのか?
「……あれって……まさか……」
『ええ、カイトさんの想像通り、アレが魔界……いや、世界最大の生命体。『竜王・マグナウェル』です』
「ッ!?」
ソレは、正しく山脈……5000メートルを超え、歩くだけで大地を揺らす、正真正銘の化け物。
今まで見て来た生物の中でとかそんな次元ではなく、俺が今まで見て来たどんな山より巨大な竜。
拝啓、母さん、父さん――魔界について早々にとんでもない事態が発生した。今まで見た事が無い程衝撃的な光景と共に、文字通り――天突く巨竜が現れた。
竜王「ごめん、森踏んだ」
界王「くたばれ! トカゲ!」