閑話・快人の影響力
教会の者に言って、別室を用意してもらった人界の王、ライズ、クリス、ラグナの三人はひとつのテーブルを囲む形で座り、言葉を交わしていた。
ちょっとした三国合同会議の様相ではあるが、議題に上がっているのは世界の特異点たる存在である。
「まぁ、分かり切っとったことじゃが……やはり、カイトか……にしても、教主様が自ら進行を申し出たとは、よほどカイトは気に入られておるのじゃろうて」
「カトレアたちも驚いていたようですが、それでもふたりにとっては大きなプラスですからね。カトレアは元王女として王都周りの社交には強いですが、地方の伝手は少ないですしね」
ラグナが言葉に頷きつつ、ライズは一足先にカトレアから聞いた情報をふたりに話す。それを聞いていたクリスは、時計を見てまだ時間に余裕があること確認した上で口を開いた。
「偶然とはいえ、こうして三国の王が集まって話す機会を得たわけですし、今後のために情報を共有しておきませんか? 具体的にはミヤマ様に関して……皆、ミヤマ様の動向には目を光らせているのでしょう?」
「賛成じゃな……アヤツは本当に、少し目を離せば驚愕するような事態になっておるしな……無論、ワシもハイドラ王国もカイトの情報収集に余念は無い。万全かと言われれば、首を横に振るがのぅ」
「一番身近なシンフォニア王国も、万全とは言えませんので仕方ないでしょう。幻王様が情報のコントロールを行っているので、得られる情報は限られますしね」
当たり前ではあるが、各国にとって快人は無視できるような存在ではない。本人のなんの気ない行動で、国家規模の影響を及ぼす可能性も高い文字通りの特異点であり、三国はかなりの予算と人員を割いて快人の最新情報を収集している。
しかし、それでも、その分野に関しては絶対的な存在ともいえるアリスが快人に付いているので、三国が得られる情報は、アリスが問題ないと判断したもののみである。
その上、時折おふざけで偽情報を気付かれないように混ぜていたりするので、単純に情報を得るだけでもなかなかに困難で、各国でも情報にはバラつきがあるのが現状であり、こういった場で情報を共有するのは互いの利益になる。
「アルクレシア帝国としては、先に言ったアメル殿に関するものが最新ですね」
「シンフォニア王国では……まだ確認している段階ではあるが、ハーモニックシンフォニーの打ち上げの席で、大樹姫様がミヤマくんに土下座をしていたという情報を得ている」
「ジュティア様が? まことか、ライズ坊? あの温厚なジュティア様が、カイトと揉めるような状況になるとも思えんが……追加の情報を得たら、ぜひ教えてくれ」
ライズが告げた言葉はかなり意外だったようで、ラグナもクリスも驚愕の表情を浮かべていた。さすがに、切れ者揃いの王たちであっても、紅茶の茶葉が欲しくて土下座していたとは思い至らないようだ。
「ワシのところで得ている情報としては、カイトがどこかの商会と組んで新商品を出すと聞いた。詳細はまだ不明じゃが、かなりの騒ぎになるとは思える……ただ、あまり大きい商会じゃないみたいでのぅ。情報が少なく目下調査中じゃ」
「……ミヤマ様が売り出す品……市場に混乱が出ないように注意する必要がありそうですね」
それぞれが持つ快人の最新情報を共有したあとは、軽く雑談の時間となった。とはいえ、やはりそれぞれ国を背負っている王だけあり、雑談の中にも牽制や探りも多い。
そんな会話が続く中、ふとラグナが思い出したようにクリスに尋ねる。
「……そういえば、クリス嬢。最近、アルクレシア帝国はずいぶん景気がいいようじゃな?」
「ふふ、ええ、いろいろとよいことが重なりました。一番最初としては、やはりアレですね。初回の六王祭にて、我が国の多くの貴族が、ありがたくも異世界の神より指導を賜ったみたいです」
「アルクレシアには貴族主義の連中……保守派が多いからのぅ。改革派のクリス嬢としては、目の上のたんこぶともいえる連中じゃな」
「ええ、しかし、エデン様に指導を賜ったおかげで、中にはミヤマ様の名前を聞いただけで震えが止まらない者もいるようで……ミヤマ様関連の話は、揉めることなく通るようになりました。それに伴って、保守派の勢い自体が弱まっているので、私としては非常にやりやすくなりましたね」
ラグナの言葉に隠すことなく上機嫌な様子で話すクリス。事実として、最近のアルクレシア帝国全体の景気がかなり上向いており、ソレが勢いとなって大きな流れを作り始めていた。
すると、次はライズがクリスに尋ねる。
「……ロード商会といい関係を築けたという話も聞きましたが?」
「ほぅ、なかなか耳の早い。ミヤマ様の恩恵に胡坐をかいているだけではないようですね。ええ、たしかに五大商会のひとつであるロード商会が、革新派を後押ししてくれるようになったおかげで資金の巡りが非常によくなりましたね」
「よくあの女傑を口説き落としたものじゃ」
「商業関連の施策が実を結んできたのを評価してくださったのと……運よく訪ねた際に非情に上機嫌だったので、話がスムーズに進みましたね」
話題に上がったロード商会とは、アルクレシア帝国に本部を置く大商会で、人界で最大の……世界でもトップクラスの規模と資金力を持つ五大商会の一角にも数えられる大商会であり、その資金力は並の商会とは次元が違う。
ちなみにロード商会の会長はサタニア・ダークロード……つまるところ、実はアリスの持つ商会である。余談だが、クリスが訪れた際にサタニアが上機嫌だったのは、前日に快人に会うことができたからという理由だったりする。
「保守派の弱体化、施策の効果が表れ始めたのと、信頼できる臣下が育ってきたこと、大商会の協力……いくつもの要因がいい具合に合わさったおかげで、非常に良い流れができています」
「……そこにきて、いま話題の運命神様の加護を受けた地か……アルクレシア帝国に変革が必要じゃと皇帝になったクリス嬢にとって、これ以上ない流れというわけじゃな?」
「ええ、あの加護が強烈な追い風となり、アルクレシア帝国はいま国全体が非常にいい意味で変革を始めています。私としてはかなり理想の展開……正直、この状態に持っていけるまで五十年以上はかかると見ていたのですが……ミヤマ様には足を向けて寝れませんね」
そう言って苦笑するクリスは、腐敗していた国を憂い、己を殺して国のために戦っていたころと比べると、劇的と言えるほど柔らかな表情を浮かべるようになっていた。
そしてそれもまた快人が少なくない影響を及ぼしていることも、王たちは理解しており、やはり快人という存在の影響力を改めて実感していた。
シリアス先輩「まぁ、そりゃ、当たり前だよな。国としてかなり予算割いてでも快人の情報は集めるよな……」
???「アリスちゃんが大活躍してる土俵ですね」
シリアス先輩「各国の諜報機関が哀れだ。くっそ性格悪くて、情報戦で無敵レベルの相手が気まぐれに嫌がらせしてくるとか、悪夢以外のなにものでもない」




