ナイトマーケット⑧
屋敷のサイズもあるが、俺の家の風呂はかなり広い。それこそ泳ごうと思えば泳げるぐらいのサイズだ。
このサイズの風呂に対し、入浴剤をどのぐらい入れればいいのかよく分からないので、少しずつ入れて混ぜるという作業を繰り返して様子を見る。
しばらくするとそれっぽい感じになった。色合い的には白く、濁り湯というよりはまるで牛乳風呂のような色合いだ。
匂いは牛乳っぽさはなく、アロマ系の上品な香りだ。湯に手を浸けてみた感じ、しっとりとしていてじっくり浸かれば肌がスベスベになりそうなイメージだった。
試作品というわりにはかなりしっかりしており、貴族の……高級感ある風呂というコンセプトの実現度はかなりのものだと思う。というか、よくこの短期間でここまでの品を作れたものだと思う。
「失礼しますぅ」
「………………え?」
クロの商会の技術の高さに感心していると、直後に扉の開く音が聞こえ、背後からイルネスさんの声が聞こえてきた。
「イ、イルネスさん!? ど、どど、どうしたんですか?」
なんだ? なにか忘れものとかしてて、届けに来てくれたとか、実はまだお風呂に入ってない人がいるとかの情報を持ってきてくれたとか?
だ、大丈夫だよね? なにかを持って来たとか伝えに来たとかなら、メイド服着てるよね? 振り返っても大丈夫……だとは思うけど、いちおう念のために振り返らないでおこう。
「せっかくなのでぇ、お背中を~お流ししようかと思いましてねぇ」
「はえ?」
背中を流す? イルネスさんが、俺の? お、落ち着け、あまりに予想外の出来事に動揺して頭が回っていない。ここは、努めて冷静に……。
「ち、ちなみに、イルネスさんは、いまどんな格好を?」
なんか聞き方が変態っぽくないか!? 言い方を間違えた……いや、でも、必要な情報なんだ。水着とか着てくれてるなら、安心して振り返ることができる。
「恰好ですかぁ? 湯着を着ていますよぉ」
「あっ、そ、そうなんですね」
よ、よかった。湯着は、湯あみ着とも言い、その名の通り入浴の際に着る服のようなものだ。もちろん入浴を目的としたものなので、普段のメイド服よりはアレだろうが、それでも水着ほど露出が多いわけでもない筈だ。
そうだよな、イルネスさんなんだからその辺は万全だよな。変にドキドキしたり邪な想像をしてしまった己が恥ずかしい。
まぁ、ともあれ、これで安心して振り返えれる。
「そうなんですか、じゃあせっかくですしお言葉に甘えますね」
「はいぃ」
「えっと……っ!?」
イルネスさんの言葉に安心しきって振り返った俺だったが、直後にイルネスさんの姿を見て硬直する。単純にイルネスさんはメイド服以外でも長袖にロングスカートといった服が多く、そもそも肌の露出がほぼ無いので、湯着を着ているとはいえ、普段は見る機会のない白い肌に視線が向かってしまうのは仕方がない。
だが、それ以上に問題なのが、イルネスさんの恰好だった。
……俺が思い描いていた湯着というのは、なんかこう、ワンピースタイプの水着をもっと厚手にしたような、そんなイメージだったのだが……イルネスさんの着ている湯着はイメージとは大きく違っていた。
なんというか、ベビードールっぽいというか……ビキニタイプの水着の上にシースルーのワンピースを着ているような、そんな格好なのだ。
い、いや、もちろん実際はベビードールではなく湯着なのだろう。だけど、そう見えてしまうというか……なんなら、普通の水着より扇情的だ。
特にシースルーの上着の透けている感じが、なんとも目のやり場に困るというか……。
「カイト様ぁ? どうかしましたかぁ?」
「い、いえ、なな、なんでもないです!」
「そうですかぁ? では~こちらにどうぞぉ」
「あ、はい」
ヤバいヤバい、一度ベビードールっぽいとか思うと、そうとしか見えなくなってしまい、変に恥ずかしさが湧き上がってきた。
イルネスさんは気にしていないみたいだが、そもそも普段ほぼ肌を露出しないイルネスさんがそういう格好をしているというだけでも、かなりドキドキするのに、その上でその恰好は破壊力が凄まじい。
イルネスさんに促されて背を向けて座りつつも、背後のイルネスさんを意識してしまっているのを自覚する。
「それでは~お背中を~お流ししますねぇ」
「よ、よろしくお願いします」
いままで何度も混浴をしたことはあり、背中を流してもらったこともある。だが、なんというか相手がイルネスさんだと思うと妙に意識してしまう。
やっぱり普段とのギャップというか、そういうのが大きいと思う。
イルネスさんの手つきはとても優しくて、本当になんというか絶妙な力加減で背中を擦ってくれる。最初こそ慌てまくっていたが、いつの間にか心地よさに心も落ち着いてくるような、そんな気分だ。
「痒いところはぁ、ありませんかぁ?」
「はい、大丈夫です」
「それでは~背中は一度流しますねぇ。前は~自分で洗いますかぁ?」
「そうですね。前は自分で」
「かしこまりましたぁ、それでは~続けて頭も~綺麗にしますねぇ」
そう言って背中を流したあと、イルネスさんは髪の毛を洗ってくれる。ちなみに、イルネスさんに髪を洗ってもらうのは、実は初めてではない。
というか、俺の髪を切ってくれているのはイルネスさんなので、その際にシャンプー台を使って髪を洗ってくれる。
これがまた凄く上手で癖になりそうなほど気持ちいのだから、流石イルネスさんだとそう思う。
今回はシャンプー台を使うわけではなく座ったままの形で洗ってもらったわけだが、変わらず心地よく、軽く頭のマッサージもあわせてしてくれる気遣いが、本当にありがたい。
いつの間にかテンパりまくってた頭も落ち着き、心からリラックスしたような状態に慣れているのは、やはりなによりも、イルネスさんの包容力というか母性的な雰囲気のおかげだと、そんな風に感じていた。
シリアス先輩「めっちゃいちゃいちゃしてる……辛い……し、しかし、それにしても、なんか包容力があって母性的な、実際は年上だから間違いではあるけど、いわゆるバブみを感じるキャラっていうと、いつの間にかクロじゃなくてイルネスが代名詞的になってる気がする」
めーおー「……」
シリアス先輩「いい意味で! いい意味でだから!! メインヒロインの方は、もう快人と恋人になって、カップルというか夫婦? そんな感じの雰囲気になってるから!! 一歩先に言ってる感じだと思うんだよ!!!!」
 




