ナイトマーケット⑥
ナイトマーケットの会場から少し離れた場所にある休憩スペース。そこはシンプルな感じで、ベンチがいくつも並んでいるだけの場所だった。
少し高い位置になっていて、ナイトマーケットを軽く見下ろせるようになっており、出店などの灯が綺麗だった。
開いているベンチにイルネスさんと並んで座り、買ってきた食べ物を出す。とはいっても夕食後なのでガッツリしたものではなく、軽くつまめるものだ。
ポテトとソーセージを小さく切ったものにチーズとケチャップがかかっていて、シンプルならがら美味しそうな品と、ラスクっぽいものだ。
「少し離れるだけで、結構静かになるものですね」
「そうですねぇ、祭というわけでもないので~メインの通りから外れるとぉ、閑散としていますねぇ」
この休憩スペースにも照明はちゃんとあるのだが、さっきまでいたナイトマーケットの通りが明るかったので少し暗く感じる。
そして、喧騒から外れた夜の広場ということもあり、なんというか静か……うん。まぁ、静かではある。それは間違いない。
ただここ……カップル多いな。デートを兼ねてナイトマーケットに着て、静かな場所で一休みといったところだろうか?
割と、あっちこっちのベンチにカップルらしき方々が座っている。なんとなく、別にへんなことはしていない筈なのにちょっと落ち着かない気分である。
「カイト様ぁ?」
「え? あ、はい。どうしました?」
「いえ~食べないのですかぁ?」
「あっ、そうでした。すみません……じゃあ、食べましょうか」
周囲に意識が向いてしまっていたが、イルネスさんの声を聞いて意識を戻す。変に気にするから落ち着かないんだ……周りは気にせず、軽食を楽しむことにしよう。
一度そうして切り替えてしまえば、周囲に関してはさほど気にならずイルネスさんと他愛のない会話をしながら、軽食を楽しめた。
「……容器が小さかったわりには、結構ボリュームがありましたね」
「ポテトが~それなりに胃に溜まりますからねぇ。このまま少し~休憩していきましょうかぁ」
「そうしましょう」
別にすぐに動く必要があるわけでもなく、時間制限があるわけでもないので、そのままベンチの背もたれに体重をかける。
お腹が膨れると少し眠くなってくるなと、そんな風に思いながらイルネスさんの方を見ると、イルネスさんはこちらを見て楽し気に微笑んでいた。
「イルネスさん?」
「いえ~カイト様がぁ、楽しんでくれたみたいで~よかったと~そう思っていましたぁ」
そう言って笑うイルネスさんを見て、思わずドキッとする。イルネスさんは穏やかで落ち着いた大人の女性という雰囲気の方なのだが……今日はいつもより少し無邪気というか、楽しそうだと伝わってくるような表情を浮かべており、いつもとは少し違う感じにドキドキしてしまう。
それを誤魔化すように視線をナイトマーケットの方に向けつつ、俺は呟くように言葉を返した。
「……いろいろ新鮮で楽しかったです。突発的なお願いでご迷惑をおかけしましたけど、これでよかったです」
「それは~なによりですぅ」
思ってみれば、イルネスさんの予定に突発的についてきたという感じで、迷惑をかけてしまった。いや、というよりはまたお世話になってしまったというべきか……。
う~ん、本当にイルネスさんには日頃からお世話になってばかりで、なんとか少しでもお返しをしたいと思うんだが……上手くいかない。
なんというか、返す以上にたくさんお世話になってしまうというか……なんとも困ったものである。
そんな風に考えていると、不意にイルネスさんがベンチから立ち上がった。
「カイト様はぁ、そのままでぇ」
「え? あ、はい」
なんだろうと首を傾げていると、イルネスさんは俺の正面に立ち、そっと俺の頭の上に手を置き撫で始めた……え? な、何事!?
滅茶苦茶優しく撫でてくれているし、穏やかに微笑む表情も相まってすごく癒され……じゃなくて、なぜこんなことに?
「……普段は~身長差があるのでぇ、なかなかできませんからねぇ」
「え、えっと、イルネスさん?」
「カイト様はぁ、こう思っているのではありませんかぁ? 自分はいろいろ貰ってばかりでぇ、ロクにお返しができていないと~そんな風にぃ」
「うっ……も、もしかして、また顔に出てました?」
「さぁ~どうでしょうねぇ?」
どうも先ほど俺が考えていたことは、イルネスさんには筒抜け……というか、いろいろな人に言われた通り、顔に出やすい俺は分かりやすい表情をしていたのだろう。
「……私も同じ気持ちですよぉ」
「へ? 同じ?」
「はいぃ。私も~普段からぁ、カイト様にたくさんのものをいただいていると思っていますぅ。貰っているものが多過ぎてぇ、その一割も恩を返せていないのではと~そう思うほどにぃ」
「そ、そうなんですか? でも俺は別に……」
「自分では~気付きにくいのでしょうねぇ。私だってぇ、カイト様が思っているほど~たいそうなことをした覚えはないんですよぉ。ですが~カイト様はぁ、いつも私にお世話になっていると~よく感謝してくれますぅ……きっと~そういうものなのですよぉ」
「!?!?!?」
その言葉の直後、イルネスさんは俺の頭を抱えるように優しく抱きしめた。柔らかな温もりと心地よい香り、言いようのないほどの安心感を覚えつつも、突然の事態に驚愕する。
そんな俺の頭を再び撫でながら、イルネスさんは優しい声で告げた。
「……そして~きっとそれはぁ、とても幸せなことなのだと思いますよぉ。お互いに感謝できるようなぁ、相手にたくさんのものを貰っていてぇ、そのお返しをしたいと~自然に考えられる相手がいるというのはぁ、すごく幸せなんだと思いますぅ」
「……確かに、その通りですね」
相手にたくさんお世話になっていて、自分もその相手にお返しをしたい。互いにそう思い合えているというのは、たしかにすごく得難く幸せなことだと思う。
少なくとも、いまこうしてイルネスさんがそんな風に思ってくれていると知って、なんだかとても嬉しかった。
「だから~あまり気にし過ぎなくてぇ、大丈夫ですよぉ。それぞれ思い付いた時にぃ、互いに無理なくできる形でぇ、お返しをしていけばいいと思いますよぉ」
「ですね……少し卑屈に考えすぎだったかもしれません。ありがとうございます」
「くひひ、お役に立てたようなら~なによりですよぉ」
感謝するのは大切だけど、無理にお返しをと考えすぎるのも問題か……うん、その通りだと思う。イルネスさんの言うように、返せるときにお返しをすればいい。
すっかり気が晴れた思いだが……それはそれとして……えっと……これ、いつまで抱きかかえられてるのかな? いや、イルネスさんの母性が半端なくて、油断するとこのまま寝ちゃいそうなレベルで安心感はあるのだが……同じぐらい恥ずかしさもあるというか……ど、どうすればいいんだ……。
シリアス先輩「……信じられるか? コイツ現時点では恋人でもないし、混浴イベントも無ければ、意識してデートだとかそんなこともしてないのに、この糖力なんだぞ? 恐ろしすぎる……だがこれで……」
???「次回、ナイトマーケット⑦」
シリアス先輩「なんでだよ!! キリいいじゃん!! いい感じで、まとまったじゃねぇか!! 止めろ、継続するなぁぁぁぁ!」




