ナイトマーケット⑤
少し緊張した表情で己の手を引く快人を見つめながら、イルネスは思考を巡らせる。
(なぜ~私はぁ、こんなことを言ってしまったんでしょうかぁ? 目的の買い物はもう終わりましたのでぇ、カイト様が満足するまでナイトマーケットを見たら帰還するのが正しい筈ですぅ)
ナイトマーケットはそれなりに大きな市場といった程度の規模であり、店の数は多いがひとつひとつのスペースは狭いので、回り切るのに大した時間はかからない。
事実いまも、イルネスの目的だった買い物だけではなく一通りは見終わったと言っていい場所まで来ていた。
だというのに、現在快人はイルネスのエスコートしてほしいという願いを聞き、来た道を引き返すように歩いている。
(どうにも~今日の私はぁ、少しおかしいですねぇ。気持ちが浮つくと言いますかぁ、こうあるべきという最善の行動よりも~こうしたいという己の欲望を~優先してしまっている気がしますぅ)
そこまで思考を巡らせてからイルネスは再び快人の表情を見る。どうやってエスコートしようかと悩んでいるような雰囲気は伝わってくるが、嫌がっていたり不快に思っている感じはない。
「……あっ、イルネスさん。さっき少し気になってたんですけど、あそこの店を見て見ませんか?」
「はいぃ」
忙しく視線を動かしながらも、ちゃんとこちらをリードしてどこに行くかを提案してくれる快人を見ていると、イルネスの心には温かな想いが湧き上がってくるようだった。
快人が己のためにアレコレと考えてくれているのが嬉しい。ワガママを言ってしまっているという罪悪感よりも、喜びの感情が強く……だからこそ、イルネスは内心で少し戸惑っていた。
(……ワガママのはずなのにぃ、駄目だと冷静に考える気持ちもあるはずなのにぃ……それ以上に~喜びの気持ちが大き過ぎてぇ、すこしフワフワしますねぇ。こんなどうしようもない私のワガママでもぉ……やっぱり~貴方はぁ、受け入れてくれるんですねぇ)
本音を言ってしまえば、先のイルネスのエスコートをしてほしいという言葉は、考えて出たものではなく咄嗟につい口から出てしまったものだった。
もっと快人と一緒に居たい。この時間がまだ続いて欲しいと、そんな願いがつい口からこぼれてしまった。
冷静に考えれば快人はナイトマーケットに来るのは初めてなのだ。過去幾度となく訪れているイルネスをエスコートするなんて、簡単なことではないはずだ。
だがそれでも快人はイルネスの願いをかなえようとリードしてくれる。まるで繋いだ手から伝わってくる温もりが、そのまま体の奥にまで伝わってくるような、そんな気持ちをイルネスは感じていた。
(私はぁ、貴方の幸せな顔を見るのがぁ、なによりの幸せでぇ、それ以上は存在しないと思っていたんですぅ。ですがぁ、どうやら違ったみたいですねぇ。本当に~本当に~困ったものですがぁ。私はぁ、『私と一緒にいる貴方が幸せそうな顔を浮かべてくれる』のがぁ、『幸せそうな貴方のすぐ近くに居られること』がぁ、もっとずっと~幸せに感じられますぅ)
以前のイルネスにとって、快人さえ幸せであることがなによりの幸福だった。言ってみれば、快人が幸せそうにしている物語を観客として眺められれば満足で、そこに己が居る必要はなかった。
だが今のイルネスは、少しずつではあるが快人の物語に己も存在していることを、己もまた快人にとっての幸せの形のひとつであることを望みはじめ、それを自覚し始めていた。
(反省すべきことも多いですがぁ……それでも~今日はぁ、少しだけぇ、この心地よい熱に流されて~ワガママになってみるのもいいかもしれませんねぇ)
そう言って微笑みを浮かべたイルネスは、少しだけ繋いでいた手を引き、快人が振り向くと同時に口を開いた。
「カイト様ぁ、なにか~食べませんかぁ?」
「そういえば、ドリンクは飲みましたけど、食べ物は食べてないですね。食材のコーナーには結構出店っぽいのもありましたし、よさそうですね。イルネスさんはなにか、食べたいものがありますか?」
「そうですねぇ、カイト様と~分けて食べられるようなものがいいですねぇ」
「そういえば、イルネスさんは小食でしたね。それに、夕食を食べたあとですし、シェアできるような食べ物の方がいいですね」
突然の提案でも快く頷いてくれる快人を見て、再び心が温かくなるのを実感しながら、イルネスは告げる。
「それもありますがぁ……カイト様とぉ、思い出を共有したかったのでぇ」
「え? な、なるほど……」
「少し外れた場所にぃ、ベンチが並んでいる休憩スペースがあるのでぇ、買ったらそちらで~一緒に食べましょうねぇ」
「はい」
どんどん己の気持ちを自覚し、以前よりも幸せを感じているからか、イルネスの微笑みは以前より温かみを増しており、そんな笑顔を向けられた快人は思わず顔を赤くしつつも、少し強くイルネスの手を握って歩き出した。
それに続くイルネスの表情は、本当に心から幸せそうだと、そう感じられるものだった。
シリアス先輩「ぐああぁぁぁぁ……ぐ、や、やはり、イルネスの糖力は半端ではない。厳しいな」
???「いや、しれっと訳の分からない造語作らないでください」
シリアス先輩「し、しかし、私は乗り切った……とりあえずは少しクールタイムを……」
???「次回ナイトマーケット⑥、お楽しみに」
シリアス先輩「ば、馬鹿な!? け、継続……だと……」




