フィーア先生とのひと時 後編
ふたつ用意したグラスに酒を注ぎ、互いに軽く微笑み合ってから乾杯して一口飲む。
「あっ、美味しいねこれ」
「俺も初めて飲みましたが、すっきりした後味がいい感じですね」
「うんうん。私、こういうお酒好きだよ」
香織さんの店で買った酒をさっそく飲んでみたのだが、値段に見合うだけの美味しさだった。結構酒としての味は強いのだが、非常に飲みやすくしつこさも無くて後味がいい。
これはかなり当たりの酒だ。また見かけたら、買うことにしよう。
「そういえば、フィーア先生ってハーブティとかもそうですけど、なんでしょうスッキリした感じの味が好きですよね」
「言われてみればそうかも? あんまり意識したことなかったけど、たしかにハーブとかでも、後味がスッキリしたものを自然と選んでた気がするね」
「意外とそういう好みって自分じゃ気付かないものですよね」
「そうだね。特に意識なく選んでるつもりでも、他の人から見たら一定の法則があったりってのは、たしかにあるかもしれないね」
他愛のない会話ではあるが、ひどく心地よい時間だ。一気に飲むのではなく、互いに少しずつ……一口飲んでは話し、もう一口飲んで話す。
会話と酒を楽しんでいるような落ち着いた時間は、なかなかどうしていいものだ。
穏やかに雑談を楽しみながらゆっくりと酒を飲み、つまみを食べていると、気付けばあっという間に時間は過ぎており、深夜と言っていい時間帯に差し掛かっていた。
結構な量の酒を飲んだし、用意したつまみも一通り食べ終わった。そろそろお開きにしていいタイミングかもしれないと、そう思ったのは俺だけでは無かったみたいで、フィーア先生が少し名残惜しそうに口を開く。
「ん~さすがにそろそろ片付けよっか?」
「そうですね。手伝いますよ」
「ありがと……じゃあ、数は少ないけど食器運んでくれるかな? 私が洗うから」
「了解です」
フィーア先生の言葉を聞いて、手早く食器やグラスをまとめて流し台に運ぶ。そしてフィーア先生が食器を洗っている間に、瓶などのゴミを種類ごとにまとめ、フィーア先生に捨てる場所を聞いてそこに運ぶ。
ふたり分の食器とゴミなので、片付けはすぐに終わり……さてどうしようかと思ったタイミングで、フィーア先生が口を開いた。
「あっ、ミヤマくん。お風呂沸かしてあるから、入ろうよ」
「え? そうなんですか、わざわざすみま……うん?」
お風呂まで用意してくれていたなんて、気を使わせてしまった。別に家に戻ってから入ればいいのだが……とそう思ったのだが、ちょっと待て……いまなんかおかしくなかったか?
お風呂を沸かしてあるから……入っていってよなら、まだわかる。けどいま、フィーア先生……入ろうよって言わなかった?
「……フィーア先生、俺の気のせいでなければ、いま入ろうよって言いませんでした?」
「言ったよ?」
「それって頭に、一緒にって付くやつですよね?」
「つくやつだね」
やはり聞き間違えでは無かったみたいで、フィーア先生はニヤリと笑みを浮かべる。
「ふふふ、そうそう逃げられるとは思わないことだよ。私、結構しつこいからね!」
「い、いや、まぁ、流石にこれで逃げるのは失礼過ぎるというか……別に逃げる理由もありませんし」
いや、もちろん気恥ずかしさはあるが、流石に恋人からの誘いを結構ですと断って帰るほど薄情なつもりはない。
そう告げると、フィーア先生は一瞬キョトンとした表情を浮かべたあとで、なにやら嬉しそうに笑った。
「……そっか、そうだよね。恋人同士だもんね!」
「そうですね」
「そっか、そっか、それじゃあ……」
嬉しそうな表情のままで近付いてきたフィーア先生は、俺の前でスッと背伸びをするようにして俺の耳元に顔を寄せ……耳たぶにチュッと軽いキスをして告げた。
「……じゃあ、ミヤマくんが選んでくれた色、似合ってるかどうかちゃんと見てもらわないとね」
酒が入っているせいか、それともさすがに照れているのか、頬を赤くしながら告げるフィーア先生の表情は、どうしようもなく美しく感じた。
入浴を終え寝巻に着替えた俺は、小さ目のソファーで横になっていた。俺の頭の下にはフィーア先生の太ももがあり、いわゆる膝枕の形でその柔らかな感触を伝えてきていたが……生憎とそれを堪能している余裕はなかった。
「……うぅ」
「あはは、ミヤマくん。大丈夫?」
「な、なんとか……フィーア先生の手、ひんやりしてて気持ちがいいです」
俺の様子に苦笑しつつ、フィーア先生は扇子っぽいもので俺の顔を仰いでくれ、残った手を俺の額に当て……おそらく魔法を使っているのだろう、冷やしてくれていた。
「少しのぼせただけで、他に異常は無さそうだから、少し休んで体温を下げればすぐによくなるよ」
「す、すみません、迷惑かけて」
「いいよ、気にしないで、むしろ途中で私が気付くべきだったね。かなり長く入ってたし……換気用の窓があるとはいえ、露天風呂とかとは違ってどうしても浴室に熱が籠っちゃうから……湯船に長く浸かってなくても、のぼせちゃうこともあるよ」
そう、現在俺はお風呂でのぼせてしまっており、軽くダウンしていた。正直長湯だとか、浴槽の温度だとか以外に、大いなる原因がある気もするが……結局はいろいろ複合した結果だろう。
「体温が上がってたのにも、気付きづらかったです」
「そうだね。まぁ、ゆっくり休めばいいよ……さすがにいまから帰ったりしないで、泊ってくよね?」
「フィーア先生さえいいのであれば……」
「うん。まったく問題なし、だから今はゆっくりリラックスして」
優しいフィーア先生の声と、頭を撫でられる心地よい感触に心が落ち着いていく。なんというか、ちょっと情けない姿を見せることになってしまったが、なんというかすごく満ち足りている感じというか……フィーア先生の優しさに包まれているような、いまの状況はとても幸せな感じだった。
「……ふふ」
「どうしました?」
「ううん。なんか、幸せだなぁ~って……ちょっと前まで、私がこんな風な気持ちになれるなんて想像もしてなかったよ。本当に、ミヤマくんにはいくら感謝しても足りないね」
「それは正直大袈裟だと思いますけど……幸せだっていうのは、俺も同じ気持ちですよ」
「そっか、嬉しいな……ね? ミヤマくん?」
「はい?」
「大好きだよ」
かつての悲し気な笑顔とは違う、心から幸せそうなフィーア先生の笑顔は……なんだか、眩しくも美しくて……下がったはずの体温が、再び上がったような、そんな気がした。
シリアス先輩「がはっ……も、もはやこれまで……こ、このシリアス……天に帰るのに他者の手は借りん……うぉぉぉぉぉ! 我が生涯に……一片の『糖』なし!!」
???「いや、山ほどあるでしょう。むしろ糖しかないレベルでは?」
シリアス先輩「……マジレスやめろ……というか、これ完全にアレじゃねぇか!! 一緒にお風呂に入って、のぼせるぐらい長く浴槽に居て? でも、湯船には長く浸かってはいない? ……砂糖過多……繰り返しになるが、私の苦手な言葉です……ガクッ」
???「あ、もしもし、ドクター? 急患が……」
シリアス先輩「おい馬鹿やめろ」




