フィーア先生とのひと時 前編
茜さんとの出会いから一夜明けた翌日、俺はフィーア先生の元を訪れていた。理由としては、茜さんに紹介するという話をしたので、事後承諾になってしまうがそのことを伝えに来た。
「へぇ、異世界人の子がやってる商会かぁ、それはちょっと面白そうだね」
「ええ、茜さん自身かなり面白い方でしたよ……あっ、それで茜さんの部下の怪我に関してですが……」
「実際に見て見ないとなんとも言えないけど、まぁ、大丈夫だと思うよ。回復妨害だとか因果固定だとかの術式が混ざってると厄介だけど、そうじゃなければすぐ治せるよ」
「それならよかった……じゃあ、また茜さんの都合を聞いて、連れてきますね」
「うん」
フィーア先生は笑顔で頷きながら、俺の前にハーブティとクッキーを置いてくれる。美味しいハーブティを一口飲んで、何気なく視線を動かすと、ふとお茶を飲んでいるテーブルとは別のテーブルに、紙の束が置いてあるのが見えた。
一瞬カルテとかかと思ったが……それよりはなんか作文とか論文っぽい感じに見える。
「フィーア先生……アレは?」
「うん? ああ、医療関係の研究……うん、まぁ、研究って言えば研究……を発表しようと思って。論文を書いてたんだよ」
「新しい治療法とかですか?」
「いや、そうじゃなくて、なんていうか……ミヤマくんとノアさんのおかげというか、ノアさんの治療の副残物かな?」
そう言いながらフィーア先生は机ではなく棚の方に移動して、何本かの瓶を取り出して、俺の前に並べた。
「ほら、ノアさんって貧血は劇的に改善されてるんだけど、偏食は前より酷くなってて……もう正直、ミヤマくんの血が混ざってないと飲まないとか、そんなレベルなんだよね。ヴァンパイアにとって、それだけ最高ともいえる相性の血に巡り合えたことは幸せなことではあるんだけど……まぁ、普通に飲ませてたらいくら血があっても足りないんだよ」
「……ふむふむ」
「それでいろいろ工夫してるうちに……血を一滴入れると、その血の味を再現しつつ魔力もしっかり摂取できるって感じの薬ができたから、せっかくだし発表して情報を共有しておこうかなって……ノアさんぐらい血を飲むのが苦手なのはレアケースだけど、相性のいい血があまり手に入らないとかそんな事情のヴァンパイアが居れば使えそうだし、結構ローコストだから血の節約にもなるしね」
「なるほど」
たしかに、必要とする相手は限定されるが、それでもあると助かりそうな薬である。発表しておけば、ノアさんのような症状の人がいた時に、助けとなるだろう。
「なんというか、立派というか……そういうところを見ると、フィーア先生が優秀な医者だって再確認できますね」
「あはは、それは大袈裟だよ。けど、ありがとう……まぁ、それはそれとして……」
「うん? なんで俺の横に椅子を?」
なぜか突如俺の横に椅子を置いたフィーア先生の行動に首を傾げる。それは既に椅子に座っているし、お茶をするにしては新しく置いた椅子の位置は中途半端……というか、俺のすぐ隣である。
なんだろうかと思っていると、ニコニコと笑顔のフィーア先生が、その椅子に座り俺の片手をギュッと抱きしめるようにしつつ、もたれ掛かってきた。
「フィ、フィーア先生? い、いきなりなにを……」
「うん? なにが?」
「いや、いきなり腕を抱きしめて、肩にもたれ掛かってきたのは?」
「え? ……せっかく会いに来てくれた恋人と、ラブラブしたかった以外の理由っているかな?」
「……い、いらないです」
あまりも自然不意打ちというか、本当にごく当たり前のようにしてきたのでビックリしたという部分が大きい。
フィーア先生は特に気にした様子もなく、グリグリと猫がじゃれるように頭を押し付けて甘えてくる。ハッキリ言って大変可愛らしいし、ついでに不意打ちからの連続攻撃にかなりドキドキする。
滅茶苦茶いい匂いもするし、抱きしめられた腕は温かいし柔らかいし……。
「惜しいのは、まだ午後の診察があるから、そんなにゆっくりとはできないことだね」
「あ、そうですね。もうそんなに時間がないですね」
「うんうん、それでね……どうかな? 私としてはここで、午後の仕事を頑張るために、ミヤマくんから元気を貰いたいところだね!」
「というと?」
「……言わせたいの?」
「うぐっ……」
少し妖艶に感じる仕草で自分の唇を撫でるフィーア先生を見て、顔が熱くなるのを実感した。フィーア先生は本当に、ガンガン来るというか……恋愛関連にかなり積極的なタイプなので、こうした不意の仕草や言葉にドキッとさせられる。
ともかく、上目遣いでこちらを見るフィーア先生の期待を裏切るわけにもいかないので、そっと顔を近づけ、フィーア先生にキスをした。
シリアス先輩「ぐあぁぁぁぁ!? さ、砂糖フェイントだと……わ、私の行動が、読まれていたとでもいうのか……」
???「先輩、先輩……『前編』ってついてますよ」
シリアス先輩「いやぁぁぁぁぁぁぁ!?」




