閑話・我が王
【お知らせ】
B2タペストリーの予約受付は7月25日までなので、ご注意を……詳細は活動報告を確認してください
死の大地にある死王アイシスの居城。そこの大書庫では、死王配下のひとりであるラサルが静かに本を読んでいた。
「……ふム、この理論は使えそうダ」
そもそもラサルがアイシスの配下になったのは、一種の誤解、その場しのぎであり……真に忠誠を誓ったわけではない。
故に彼女は死王配下になったものの、特に仕事はせず引きこもって研究ばかりに没頭している……と『本人だけはそう思っていた』。
大書庫の本は自由にしてかまわないという話なので、ラサルは何冊かの本を手に持ち自室で研究を行うために移動する。
さすがに大書庫で研究を行って、万が一貴重な本に損傷を与えるわけにもいかないという建前もあり、彼女は律儀に数冊借りて研究、それを返却してまた数冊借りて研究というにしており、城の外にこそ出ないものの引きこもりというほど自室に籠っているわけでもなかった。
「……あっ……ラサル……また研究?」
「アイシス様? えエ、新しい理論を思い付いたのデ」
「……そっか……なにか手伝えることがあったら……言ってね」
「はイ、ありがとうございまス」
偶然廊下で会ったアイシスと言葉を交わしたラサルだが、ふとアイシスが手に持っている書類が目に留まった。
「アイシス様、その書類ハ?」
「……これは……宝石の採掘権の契約書……十年に一度……更新してる」
「ふム……拝見してモ?」
「……うん? ……どうぞ」
それはなんとなくの行動ではあった。ブルーダイヤモンドやアイスクリスタルといった希少な宝石が死の大地で採れるというのは聞いていたので、一種の興味本位から契約書を見たラサルだが……すぐにその表情は険しいものに変わる。
「……これハ、少々相手に甘すぎる条件なのでハ?」
「……そうかな?」
「はイ、不当な条件というほど極端ではありませんガ、立場を考えれバ、アイシス様側がもっと有利な条件でいいはずでス……いままでずっとこの条件デ?」
「……うん……最初に採掘権が欲しいって言われてから……条件は変わってないよ」
その契約はあくまで交渉の範囲内のレベルではあるが、総合的にみてやや相手側の利益が大きいように思えた。アイシスは特に気にしていないようだったが、ラサルとしては少々納得できない気持ちがあった。
(大方の予想はできル。最初に叩き台として出した条件……本来ならそこから交渉を進めていくところだガ、優しすぎるアイシス様はその条件でOKを出しダ。その後味を占めて更に有利な条件に変えたりしなかったのハ、アイシス様を恐れてのことだろうナ……だガ、気に入らなイ。ブルーダイヤモンドとアイスクリスタル、そしてミッドナイトクリスタルは死の大地でしか取れなイ。条件的に考えれバ、アイシス様側が圧倒的に優位なものでいいはずダ……それガ、若干とは言えアイシス様側が不利な条件がまかり通っているのハ……気に入らなイ)
そこまで考えたところで、ラサルは不思議そうに己の方を見ているアイシスを見て……苦笑を浮かべた。
(本当ニ、甘い王ダ。私がロクに仕事をしなくてモ、研究ばかりをしていてモ、文句のひとつも言わなイ。むしロ、喜んで協力してくれル……本当にそれでいいのかと思うほド、甘っちょろい王ダ……だガ、そうだナ、そんな甘い王だからこソ、私のようなひねくれ者の配下ガ、ひとりぐらいはいたほうがいいのかもしれないナ)
アイシスに絆されてきているのを自覚しているのか、ラサルは自嘲気味に……それでいて少し優し気な笑みを浮かべたあとで、アイシスに告げる。
「アイシス様、よろしけれバ、こういった契約関係は私に任せていただけませんカ?」
「……ラサルに?」
「はイ。そういえバ、配下らしい仕事をなにもしていなかったのデ……こういった分野にハ、多少覚えもありますのデ、お任せいただけれバ……」
「……分かった……ラサルがそういうなら……任せる」
「ありがとうございまス」
「……頼りにしてる……よろしくね」
「はイ、お任せくださイ」
己を手伝いたいと申し出てくれたのが嬉しかったのか、アイシスは満面の笑顔でラサルの提案を受け入れた。
そんなアイシスの笑顔を見て、ラサルもまたどこか楽しげに笑っていた。
魔界にある主に宝石を取り扱う商会。そこは、死王アイシスとの交渉により死の大地での採掘権を得ている商会だった。
そこの商会の会長は男爵級高位魔族であり、アイシスとの契約に関しては非常に楽なものだと感じていた。
最初こそ、アイシスに直接会って交渉した際には心の底まで恐怖に支配されたし、いまもアイシスと顔を合わせたいとは思っていないし、心底恐れている。
しかし、交渉に関しては最初以降同じ条件の契約書を、特殊な転移魔法具でアイシスの城の前に送ってサインを貰って返送してもらうだけの作業であり、条件的にも有利で利益も大きいので美味しい取引のひとつだった。
しかし、今回の更新に対していつもとは違う状況になっていた。いつもならすぐにサインが入った契約書が返ってくるはずが、今回は『代理の者が交渉に向かう』と日時が書かれた手紙が返ってきたのだ。
いままでで初めての事態に驚きつつも、魔族がアイシスの代理を待っていると、受付の者に案内されてその代理という者がやってきた。
身の丈を越える巨大な棺桶を担ぎ、漆黒のローブを纏ったその姿と、押しつぶされるような凄まじい魔力を見て、会長である魔族は思わず冷や汗をかいた。
「……邪魔をすル。アイシス様の配下のラサル・マルフェクという者ダ。アイシス様よリ、取引について一任されタ、今後すべての契約は私を通してもらウ」
その名前を聞いた瞬間、思わず魔族は悲鳴を上げそうになった。ラサル・マルフェク……黒い森に関する話にも描かれる恐ろしき死霊術士。死王アイシスが配下を得たというのは風の噂で聞いていたが、まさか死の殉教者と呼ばれる伯爵級高位魔族だとは思ってもいなかった。
肌で感じる凄まじい魔力は、実力の桁が違うことを伝えてきており、魔族は震えながらラサルに席を勧めた。
「……失礼すル。さテ、ぐだぐだと話す気はなイ。単刀直入に言おウ……条件を練り直セ、この条件では話にならなイ。こちらとしてハ、採掘権を与えるのは他の商会でも問題なイ。アイシス様ハ、お優しい方だからこの条件でも受け入れてくださっただろうガ、私はアイシス様のように優しくはなイ。私に一任された以上……『我が王』を見くびるような条件を提示するなラ、相応の覚悟をすることダ」
全身で感じる明確な怒りと押しつぶされそうな圧……怯える魔族はただ、首を縦に振るしかなかった。
マキナ「こうして、ラサルはアイシスというか、死の大地関連の取引を管理するようになったわけだね。恐れられてはいるけど、取引はキッチリと妥当な条件で交わすみたいだよ。アイシスを見くびるような条件を出してきた場合は別みたいだけどね」
???「あれ? シリアス先輩は?」
マキナ「なんか『頼む! 一話だけ、一話分だけ変わってくれ!!』ってお願いされたから、今回は私が代理だよ。なんか、用事でもあったのかもね」
???「あっ(察し)」




