同郷との邂逅⑥
なんだかんだで、己の感覚がズレていることを感じつつも、茜さんとの会話は穏やかに進んでいた。すると不意に茜さんがなにかを思い出したような表情を浮かべた。
「ああ、そや、いろいろあってうっかりしてたわ。手土産持って来たんよ」
「手土産、ですか?」
「ほら、最初は快人のことごっついおっかないやつやと思うてたし、機嫌は取った方がええやろうなぁって……それに、リスクはあっても縁作れるのは魅力的やし、好感触を得るためにな」
「そういう思惑って、本人を前にして言うべきなんですかね?」
「相手次第やろな。快人相手なら、まぁ、問題ないわ……ちゅうわけで、手土産渡すから、いつか見返り期待してんで」
「あはは」
なんというか、こういうストレートに見返りよろしくみたいな会話は、結構好きである。腹の探り合いとか、そういうのは苦手だし、こうやって冗談めかして言ってくれた方がありがたい。
それにこういう前置きがあると、手土産も遠慮することなく受け取りやすいというのもある。
「……けど、そういう相手を想定してたってことは、かなりいいものなんですか?」
「後ろにおるフラウの年収の三倍ぐらいかなぁ~」
「それは、また高価ですね」
フラウさんの年収は知らないが、商会の会長を補佐する立場と考えると、それなりの給料は得ているはずだ。
いや、仮に年収400万とかだったとしても、1200万相当と考えると、手土産としては高価すぎるレベルだ。
「三倍というのは、流石にいささかやり過ぎかと具申します。よって、二倍程度に抑えるために、私の給料を上げましょう」
「なんでそっちを調整すんねん。アホなこと言うとらんと、持って来た箱だし」
淡々と告げたフラウさんにツッコミを入れる茜さん。なんとなく普段からそんな会話をしてそうな感じがして、ふたりの仲の良さが伝わってくる気がした。
そしてフラウさんがマジックボックスを出現させ、中から手のひらサイズの小さな木箱を取り出して茜さんに手渡した。
かなり小さめではあるが、箱の作りは豪華……このサイズで高価というと、宝石とかだろうか?
「芸術品とかって手もあったんやけど、そういうのは好みがあるしな。無難に邪魔にならんで価値のある宝石にしたわ。年間に、それこそ片手で数えるほどしか市場に出んシロモノや」
「それはまた、高価なものをありがとうございます。これは……」
箱の中に入っていたのは、かなり大きなダイヤモンドだが、普通のダイヤモンドとは違って青味がかった色合いをしていた。
……これ、ブルーダイヤモンドでは?
「ブルーダイヤモンドっていってな。持ってるだけで結構なステータスにレベルの宝石や」
「なるほど……ありがとうございます」
実は以前ミッドナイトクリスタルを発掘に行った際、アイシスさんが沢山くれたから……マジックボックスの中に結構な数持ってたりする。
だが、わざわざそんなことを言う必要はないので、お礼を言って受け取る。
「なにかお返しをしたいぐらいですけど……茜さんは、なにか欲しいものはあります?」
「う~ん、別に見返りは追々でええねんけど……ほな、ひとつ……凄腕の治癒魔法の使い手とか、そういうのに伝手ないか? もしあるんやったら、紹介してほしいわ」
「治癒魔法? どこか怪我されてたり?」
治癒魔法の使い手と言えばフィーア先生とか思い当たる相手はいるので、確認のために聞き返すと、茜さんは軽く頭をかきながら言葉を返してくる。
「あ~ウチやないんやけど、商会員がな……運悪く仕入れの途中で魔物に襲われて、大きな怪我をしてもうてな」
「本人は必要ないと言っていましたが……」
「そういうわけにもいかんやろ、仕事中の怪我やしウチには雇用主としての責任がある。さすがに、世界樹の果実なんて手に入らへんから失った片腕はどうしようもないけど、足の麻痺の方はなんとかしてやらんとな」
なるほど、概ねの事情は察することができた。あと、茜さんが想定している治癒魔法の使い手というのも、フィーア先生のようなレベルではないということも……フィーア先生は、四肢の欠損も普通に治せるらしいが、それはフィーア先生が治癒魔法が凄いからで、普通は不可能なのだろう。
それこそ、ジークさんの喉や体もフィーア先生に頼めば解決していたレベルではある。ただ、ジークさんが怪我を負った時期では、リリアさんたちにとってフィーア先生はルナさんの母親の主治医ぐらいの認識で、宮廷魔導士が治せない怪我を治癒できる存在という発想は無く、ジークさんの容体を診てもらったりはしていなかったのだろう。
まぁ、ともかく、その商会員に関してはフィーア先生に紹介しても問題はないが、ソレよりも手っ取り早いのは……。
「世界樹の果実もたくさんあるので、ひとつ差し上げますよ」
「……おん?」
リリウッドさんに貰った世界樹の果実がたくさんあり、市場には流通させないようにとは言われているが、必要としている知り合いにひとつあげたりとかは俺の裁量で行って問題ないと事前に言ってくれているので、今回の件であれば大丈夫だ。
俺はマジックボックスから、世界樹の果実を取り出して茜さんの前に置いた。
「……なぁ、フラウ……世界樹の果実って貴重やんな?」
「界王様と関係の深い種族でも見たことが無い者の方が多いレベルで貴重です」
「……これ、ガチモン? ドッキリとかやない?」
「凄まじい魔力を感じますので、まず間違いなく本物かと……」
「そっかぁ……いっぱいあるんかぁ……快人……お前、ホンマええ加減にせえよ! なんべんウチらの寿命縮める気やねん!! 心臓に悪いわホンマ……」
茜さんは頭痛を堪えるように額に手を当て、呆れたような表情を浮かべていたが……少しして、顔を上げてこちらを見た。
「……快人、これホンマに譲ってくれるんか?」
「ええ、手土産のお礼ということで……」
「いや、それはアカン。ウチの持って来た手土産と世界樹の果実じゃ、価値がまったく釣り合ってへん。ウチにも商人としてのプライドがある……けど、善意で出されたもんを突っぱねるんも、金で解決って方向に持ってくんも違う気がするしな……う~ん」
「もしアレでしたら、四肢の欠損を治せる治癒魔法の使い手も紹介できますが?」
「そっちの伝手もあるんか? けど……それ確実に爵位級やろ?」
「伯爵級ですね……けど、町医者をしている方なので」
「なんで、伯爵級が町医者してんねん……ウ、ウチの常識が全く通用せん……どうなっとるんや、コイツ」
何度目か分からない戦慄したような茜さんの表情は、なんとなく大物を連れて行ってしまった時のリリアさんに似ている気がした。
シリアス先輩「すげぇな……いや、なにが凄いって、性格的に割と図太そうな、結構耐性高めと思われる茜を容赦なく胃痛に誘う快人の凶悪さよ……コイツ、胃に対して特攻持ちすぎだろ」




