同郷との邂逅②
シンフォニア王都を走る馬車の中で、緊張した面持ちで座る茜とフラウ……ふたりは現在、アニマからの招待を受けて快人の家に向かっていた。
「……会長、いつもの変な服はどうしたんですか? スーツじゃないですか……」
「アホ、あんなウケ狙いの服着ていけるわけないやろ……いまもごっつ怖いわ。念のため、手土産とかも持って来たけど……」
「また凄いものを用意しましたね。これ、私の年収の何倍ですか?」
「いちおう、伝手で手に入る中で一番高級な品を用意したわ。なにせ、相手が相手や、なんか粗相があったら三雲商会ごと簡単に叩き潰されてもおかしゅうない」
招待を受けてから今日という日まで、ふたりは正直生きた心地がしなかった。身だしなみも完璧に整え、普段とは違うスーツをきっちりと着込んだ茜の表情からも、その緊張の度合いは伝わってきた。
「……しかし、シンフォニア王国なんですね。やはり、貴族でしょうか?」
「そら、中央区画に家構えとるのなんてほぼ貴族やろ……ここまでの感じやと、相当な大貴族やないか?」
「そうですね。ただ、少し疑問なのは……伯爵級レベルを最低でもふたりも有する貴族なんて、普通に考えて超有名だと思うんですが、そんな話を聞いたことはないですね。いえ、私もそこまでシンフォニアの貴族に詳しいわけではありませんが……」
「確かにな、王都に住んでて有名な貴族いうたら……シンフォニア三花が集結しとるアルベルト公爵家とかその辺りか? けど、アルベルト公爵家はちゃうやろ、あそこは商会持ってたはずやし……う~ん、やっぱりそこが引っかかるな。普通大貴族ゆうたら、商会との繋がりなんてなんぼでもあるやろうし、うちみたいなギリ中堅に届くかどうかぐらいの商会に話を持ってくる理由がないしな」
「そうですね。仮に、なんらかの理由で話を持って来たとしても、その会長をわざわざ家に招待しようと考えるのはなぜでしょうか? うちと関係と強めたい? 幻王様に伝手があるようなとんでもない相手が?」
今日までさんざん招待の主……アニマのご主人様について考えたふたりだが、どうにもしっくりくる答えを得ることができなかった。
三雲商会は強みこそあるものの、大きな商会ではない。少なくとも国王並みの権力を有するであろう相手が、わざわざ招待してまで関係を深めようとする理由が分からず、不気味さを感じていた。
そう、まさか相手も異世界人であり、別に取引とはなにも関係なくただ同郷の相手と話がしたいからという理由で招待されたとは、夢にも思っていなかった。
そのまましばらく馬車に揺られ、たどり着いた場所で、茜とフラウは馬車から降りて呆然とした表情を浮かべていた。
「……あかんぞこれ」
「なんとも、見事な屋敷ですね。やはり相当高位の貴族……しかし、同じ屋敷が並んでいる? 門も二つありますし……」
「う~ん、けど、庭は繋がってるしそういうデザインなんやない? 貴族の屋敷とかよう知らんけど……ただ、庭は左右で違うんよな……で、あっちの門には門番が居て、こっちにはおらん」
「……たしか、場所を降りて門番の居ない方の門に来てほしいと言ってましたね」
同じ屋敷がふたつ並んでおり、それがそれぞれ名目上は別の家であるとは知らないふたりは、少し変わったデザインだと思いつつ、門番のいない方の門へ移動する。
ふたりが門の前に到着すると、ひとりでに門が開き、ふたりの前が一瞬光ったかと思うと夜の星空のような髪で1mほどの身体で宙に浮く……ネピュラが姿を現した。
「ようこそ、失礼ですがお名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「三雲商会の会長、三雲茜です」
「秘書兼護衛のフラウです」
「はい! お話は聞いております。ご案内しますので、こちらへどうぞ」
やや緊張しながらふたりが名乗ると、ネピュラは明るい笑顔を浮かべてふたりを招き入れる。ふたりが門を通ると自動的に門は閉まり、ふたりはゆっくりと浮遊しながら先導するネピュラに続いて庭を歩きながら、小声で言葉を交わす。
「……見事な庭ですね。手入れも完璧です」
「すごいなぁ、有名な観光地って言われても納得するわ……けど、ここの道の幅……馬車で入るようにはなってへんな」
「だから門の前で降りるように指示があったのでしょうね……か、会長、アレを……」
「っ……ベヒモスに白竜に……あともう一匹はなんや?」
「虹色の翼……レインボードラゴンではないかと……」
ふたりの視線の先では、庭で寝転がっているベルフリードとその背でくつろぐリンドブルムとセラスの姿があり、どれも超が付くほど有名な魔物であることに驚愕する。
「ま、マジか? 世界に片手で数えるぐらいしかおらんっちゅうレインボードラゴンを……個人で所有しとんか? それ以外にもベヒモスに白竜て……レインボードラゴン除いても、白金貨500枚ぐらいはかかるで、ホンマに……どんな財力してんねん」
「これは、いよいよ覚悟を決めておかないといけないようですね」
「ええな、絶対に粗相はあかんで……マジで洒落にならん。一瞬で叩き潰されてまうぞ……」
庭を見ただけで伝わってくる凄まじさに、ふたりはより緊張を強め、かなり固い足取りで歩く。前を先導していたネピュラは、そんなふたりの様子を振り返ることなく察して、怪訝そうな表情を浮かべていた。
(……妙だな。緊張や萎縮が強く表れている。『同郷の相手と親睦を深める』という名目での招待だったはずだが……主様に対してなにか誤解があるような印象……アニマさんに引き継ぐときに伝えておくか)
シリアス先輩「誤解が積み重なっていくスタイル……気配りの鬼ともいえる絶対者がなにか気付いてるので、対面する時には割とうまくいきそうな気がする」




