商談は纏まったみたいだ
水の月19日目、俺は最近で通い慣れた道をクロと一緒に歩いていた。
「ごめん、クロ。結局色々慌ただしくて、アリスの予定を聞けなかった」
「ううん。大丈夫だよ……今日が駄目でも、また行けばいいしね。明日はリリアちゃんの所にゼクスと一緒に行くから……その後ならいつでも大丈夫だよ」
「ありがとう」
そう、現在俺とクロはアリスの雑貨屋を目指して歩いていた。
と言うのも以前魔法具の布団を売る為に紹介すると言っていたのだが、メギドさんの件とか色々あってアリスの予定を聞き忘れてしまっていた。
その事を昨晩いつも通り部屋に来たクロに話すと、今日時間を作って一緒に行ってくれると提案してくれた。
本当にありがたい話だ……正直アリスは、前回沢山稼いだとはいえ、前科があるので全く信用していない。
早く安定した収入源を作った上で、収入と支出を計算させて注意しないと……
そのままクロと並んで道を歩いていると、ふと思い出した事があったので尋ねてみる事にする。
「あ、そうだ。クロに聞きたい事があったんだ」
「……え? ボクに? ふふふ、成程、カイトくんも魔獣モードを見たから、ボクの正体が気になったんだね! いいよ、今ならちょっとサービスしてヒントを……」
「クロって、ベビーカステラ以外で好きな食べ物は?」
「そんな事っ!? いやいや、カイトくん、今聞くべきはソレじゃないでしょ!? 今こそ使う時だよ『お前は何者だ』って台詞」
「……いや、別に当分使う予定は無いかな」
「えぇぇぇ!?」
何と言うか、クロは結局正体に付いて聞いて欲しいのか、聞いて欲しくないのか、どっちなのかいまいち分からないな。
ただ確信が持てるのは、聞いた所で素直に全部話す訳ではないという事だ。
「カイトくんは、もっとボクに興味持とうよ! ボク悲しいよ!?」
「いや、興味持ってるから、好みを聞いてるんだろ?」
「うぐっ……む、むぅぅぅ」
俺の言葉に対し、クロは反論が思い浮かばなかったのか、頬をハムスターみたいに膨らます。何と言うか普通に可愛くて、全然怖さが無い。
しかし以前は随分振り回されたものだが、最近は俺の方にも余裕が出来てきたのか、クロとの会話でも優位に立てることが度々ある気がする。
「それで、結局クロの好きな食べ物は?」
「……むぅ~ベビーカステラ以外だと、プリンとかかなぁ?」
「え~と、何だっけ? スペシャル・デラックス・プリン・ア・ラ・モードだったっけ?」
「あ~前にアインが作ってくれたやつだね。アレは美味しかったな~……正直半分冗談で言ったんだけど、本当に作っちゃうとか、アインって凄いよね」
半分冗談で言った……ああ、成程、クロ的には割と無茶振りだな~と思いつつ頼んでみたという事か、で、アインさんはごく当たり前の様にそれを完成させてしまったと……相変わらずチートなお方だ。
「でも、カイトくん。何で急にボクの好きなものなんて聞いてきたの?」
「あ~いや、えっと……ほら、この前一緒で出かけ――「デートね!」――ああ、うん。デートした時に、今度は俺が誘うって言っただろ?」
「うん、言ってたね」
「それで……クロの好きな物とか食べに行けたら良いなぁ~って、参考までにね」
「……カイトくん」
何となく照れ臭さを感じながら告げる俺の言葉を聞き、クロは少し沈黙した後、花が咲く様な笑顔を浮かべる。
「うん! 楽しみにしておくね……さっ、行こう!」
「え? ちょ、クロ!? 手!?」
「前も繋いだでしょ、気にしない気にしない~」
楽しそうに笑いながら、グイグイ俺の手を引っ張って進んでいくクロを見て、自然を笑みが浮かぶのを自覚しながら、俺も後に続いた。
そろそろ見慣れて来たアリスの雑貨屋に入ると、そこにはいつもの猫の着ぐるみが居た。
「あや? カイトさん? いらっしゃ~い。今回はまだ『ギリギリ』お金残ってますよ!」
「……ちょっと、それについては後でじっくり話し合おう」
「……え?」
ギリギリってどういう事だ!? 前回あれだけ稼いだのに、もうそこまで使いきったのか!?
こいつ、本当に少しでも目を離すと……いや、待て待て落ち着け。説教は後だ……まず先に、クロとの話を……
「君がアリスちゃんだね。話はカイトくんから聞いてるよ」
「……へ? は? ……あの、えっと……冥王様?」
「うん、よろしくね」
「……少々お待ちを……」
いつもの調子だったアリスは、クロに話しかけられた事でその存在に気がつき、着ぐるみを着ていても分かる程動揺した動きをする。
そしてクロに少し待ってくれと伝えた後、カウンターの奥に移動し、着ぐるみを脱いでから戻って来て……クロの前で両膝をついて、頭を下げる。
「……あの、申し訳ありません。つい、いつもの癖で……えと……命だけは……」
「殺さないよ!?」
流石のアリスでも、冥王であるクロが相手ではいつもみたいにふざけたりはしないみたいで、ガチガチに緊張した様子で謝罪する。
それでもオペラマスクだけは付けていたが……
「……えっと、さっそく魔法具を見せてもらって良いかな?」
「は、はい! ここ、こちらです」
「……こら、着ぐるみの方じゃなくて、布団で作った物を持って来いって……」
「あっ、そそ、そうでしたね」
珍しい事にアリスはテンパってるみたいで、今のもボケじゃなくて素で間違えてたみたいだ。
アリスは慌てながら今度はちゃんと、布団で作ったものを持ってきた。
流石センスが良いというか、布団のデザインも貴族の家にあっても不思議ではない上品な出来だ。
クロはその布団を受け取り、色々な角度から眺めた後で、少し驚いた表情でアリスの方を見る。
「……凄く綺麗な術式だね。洗練されてるし、無駄が無い……君、凄い魔法技術持ってるんだね」
「そそそ、そんな、滅相もない」
「うん! この出来なら、直ぐにでも販売できるよ……ボクの所の商会で仕入れても良いかな?」
「はい、光栄です」
どうやらクロはその魔法具を高く評価してくれたみたいで、仕入れてくれると告げた。
「これ、量産は出来る?」
「は、はい! 数日あれば、まとまった数を用意できるかと……」
「うん……材料費が3000R位って所だね……じゃあ、一枚10000R位で仕入れるって事でどうかな?」
「ぶっ!? い、10000Rですか!?」
何とクロは材料費の三倍以上の金額で布団を仕入れるらしい。そんな金額で仕入れて売れるんだろうか?
するとクロはそんな俺の疑問を察したのか、軽く微笑みを浮かべる。
「これだけの術式を組める術者は、魔界にだってそうそう居ないよ。そういう意味で考えても、この位が妥当だね……販売は主に貴族になるかな? 後冒険者や一般層用に、コストを下げた寝袋型のも作りたいんだけど、それはこっちで作っちゃって良いかな?」
「あ、はい。勿論」
「うん、じゃあ、その寝袋に関しては発明者って事で、純利益の5割を支払うよ……正式な契約は、また今度商会の代表を来させるから、その時にね」
「ご、5割!?」
流石と言うか何と言うか、クロはテキパキと話を進めていき、手早く商談を纏めてしまった。
「あ、あの……冥王様?」
「うん?」
「そ、その条件だと、私がかなり有利の様な……」
「他ならぬカイトくんの紹介だからね。サービスしとく」
「あ、ありがとうございます」
「うん。じゃあ……4日後位に、契約書を持ってこさせるけど、それで良いかな?」
「はい」
どうやらクロは俺の紹介である事を考慮して、かなりアリスに有利な条件で契約を結んでくれるらしい。
本当にありがたい話だ……またクロには改めてお礼をしないといけないな。
拝啓、母さん、父さん――クロを連れてアリスの元を訪れたよ。流石クロと言うべきかトントン拍子に話は進んで――商談は纏まったみたいだ。
何かクロが出っぱなしなのも久々な気がしますね。