公爵級とメイド級①
それはアリスの雑貨屋に遊びに来て、カウンターの前に座り他愛のない雑談をしていた時のことだった。
「あ~そうそう、カイトさん。前に話した爵位級の見直しについてそろそろ実行しようと思うんですけど、せっかくですしカイトさんも一緒に行きません?」
「うん? ああ、海水浴の時に言ってた公爵級を増やすっていう……結構実行までに時間かかったな」
「まぁ、すぐに情報を浸透させられるようにいろいろ準備してたりとか……なんとか、なんとか、アインさんをまともな方法で説得できないかと考えてみたりで、時間がかかりましたね。ちなみにアインさんに関しては、もう諦めました」
「……後半の理由がメインの気がする」
そうか、アリスの頭脳でも無理なら、どうにもならないな……メイド級を避けることはできなかったみたいだ。まぁ、たしかに、他でアインさんを納得させられるとも思えないし、仕方がないと言えば仕方がないのだろう。
「まぁ、それはそれとして、一緒に行くってことは……アリスが、認定して回るってこと?」
「ええ、数も少ないですしね。というわけで一緒に行きましょう! 主に、アインさんに頭の悪い爵位級……いや、もう爵位じゃないなにかを伝える時の、私の精神安定のために……」
「理由はさておき、すぐ行くのか? 今日は特に予定もないし大丈夫だけど……」
「普通に伝達するだけっすし、用意とかが必要なわけじゃないですしね」
「それもそうか……じゃ、この紅茶飲み終わったら行こうか」
ある意味魔界の歴史が動く瞬間ともいえる内容のはずだが、果たしてこんな気楽な会話でいいのかとも思う。だけどまぁ、元々アリスが管理しやすいようにつけてるだけの称号だし、当人にとってはこんなものなのかな。
そんなことを考えつつ、残り少なくなっていた紅茶をグッと飲み干した。
「ちなみに、うちの配下に関してはもう先に通達してます。パンドラとパンデモニウムをそれぞれ公爵級にしましたね」
「各陣営ふたりずつって言ってたな……そういえばクロのところは? アインさん以外にふたり公爵級にあげるの?」
「ええ、そのつもりです。誰かは、お楽しみに~」
アリスはそう告げたあとでパチンと指を弾くと、俺の足元に転移の魔法陣が現れた。
最初にやってきたのは、クロの居城だった。となれば、誰に会うのかは考えるまでもない。
「……カイト様にシャルティア? どうしたのですか?」
「こんにちは、アインさん。突然すみません」
そう、アインさんである。突然の来訪にも関わらずアインさんは快く出迎えてくれ、俺たちを食堂に案内したあとでお茶とお菓子を出してくれた……ついさっき、紅茶飲んだばかりなんだが……せっかくの厚意なので頂いておくことにする。
「……いままで飲んだことのない味ですけど、すごく美味しいですね」
「へぇ、これは……なるほど、普通なら味が喧嘩する茶葉を、ネピュラさんの茶葉を使って上手くブレンドしたんですね」
「ふっ、一口で見抜くとは、流石私のライバル……腕は衰えていないようですね」
「いや、はた迷惑なライバル認定はマジ止めてください」
どこか好戦的な笑みを浮かべたアインさんに、アリスが珍しくうんざりしたような表情で言葉を返した。そして、少ししてからアリスは意を決するようにアインさんに告げる。
「……アインさん、実は伯爵級が増えてきたので公爵級の認定基準を変えて何人かを公爵級にあげるつもりなんですよ」
「ふむ、好きにすればいいのでは? 爵位級の管理は完全に貴女の管轄でしょう?」
「それに伴って、現在公爵級であるアインさんには、ひとつ上の階級を用意してそっちに上がってもらうつもりなんですよ」
具体的にメイド級と言わない辺り、諦めてはいても心のどこかで……もしかしたらアッサリ了承してくれて、メイド級とかじゃなくもっといい感じのやつで……という微かな期待が見て取れる。
しかし、現実は非情であり、その言葉を告げた瞬間アインさんは露骨に嫌そうな表情を浮かべた。
「お断りします。そもそも、メイドたる私が公爵などという階級で呼ばれている現状が、私にとっては既に不服なのです。貴女がどうしてもと頼むから、自ら名乗りはしないものの否定もしないという風に妥協しているのです。私が他称とはいえ、メイド以外の呼び名で呼ばれることを許している時点で、最大級に譲歩しているのをお忘れなく」
予想通りというべきか、これでもかというほどの断固拒否である。いや、たしかに、アレだけメイドに拘るアインさんにとって、自称はしないとはいえ公爵級と呼ばれるのを是としている時点で、アリスに対してかなり譲歩しているのだろう。
そしてアインさんのこの反応は予想通りだったのか、アリスはすべてを諦めるようにガックリと肩を落として告げた。
「……新しい階級はメイド級です」
「私に異論はありません。素晴らしい英断に感服するばかりです。なにをしているのですか、シャルティア? 早く私をメイド級高位魔族認定しなさい」
清々しいほどに光速の掌返しである。さっきまでの不満げな顔はどこに消えたのかというほど、目が輝きまくっており、心の底からの喜びが伝わってくるようだった。
「……アインさんをメイド級高位魔族に認定します」
「素晴らしい。これで、私はあるべき姿に戻ったのですね」
対照的にアリスは、諦めてはいるものの……やっぱり、どこか嫌そうな表情を浮かべていたが、もういまさら訂正などできるはずもないだろう。
というわけで、この日公爵級高位魔族の上にメイド級高位魔族という地位が誕生した……あんまり違和感を覚えない俺は、もうかなりメイドに汚染されているのだと思う。
???「準王級とか、大公級とかじゃ駄目なんすか……」
シリアス先輩「駄目じゃないけど、アインは納得しないだろう」
???「それですよ。本当にそれですよ……はぁ、これからどんなツラして爵位級の頂点はメイド級高位魔族ですとか言えばいいんすか……」
シリアス先輩「……この作品に限って言えば、ぶっちゃけあんまり違和感ない」
???「……だから嫌なんですよ」




