河川敷と神
青空の広がる河川敷、座って川に反射する光を眺めつつ、軽くペットボトルのお茶を飲む。
「……私はこう思うんだ」
「うん?」
「王道ってのは確かに素晴らしい。ここまで積み重ねてきた実績もあるし、ないよりも安定感が凄いと思うんだ。だけど、ならば王道から外れたもの……すなわち邪道は間違ったものであるかって言われると、それは違うって断言できる。王道には王道の、邪道には邪道の良さってものが確かに存在する」
「……えっと、つまり?」
楊枝に刺さった物体を見つめながら、真剣な表情で語るその姿に少し戸惑いつつ聞き返すと、カチリと機械の片が動く音がしてから、結論が返ってきた。
「……私は、たこ焼きにポン酢はアリだと思う」
「美味しいですよね。基本のソースがこってりしてますし、味変でアッサリした味とか食べたくなりますよね。ただ、個人的にはえっと、明石焼きでしたっけ? あっちの方がポン酢に合いそうな気がしますね」
「あ~確かに、あっちは元々出汁で食べるから、相性がよさそうだね」
俺の言葉にうんうんと笑顔で頷くマキナさんを横目に、俺は自分の手にあるトレーからたこ焼きをひとつ取って口に運ぶ……うん、美味しい。
ちなみになにをしているかというと……現実の俺は寝ているので、夢の中でたこ焼き食べていると、普通に口にすれば寝ぼけていると思われそうなことをしている。
もう何度目か分からないが、こうして夢の中でマキナさんと話すことはたびたびある。もっとも、起きている間はマキナさんと会ったことは忘れているのだが……。
その際にたいていなにか食べ物を出してくれるので、それを食べながら雑談することになる。夢の中と言っていい状態なので、現実のお腹は膨れないが味は楽しめる。
ちなみに場所も毎回変わり、今回は学園物のドラマとかでよく見るような河川敷である。
「そういえば、前々から思ってましたけど……マキナさんって、食べ物の好みは結構庶民的な感じですよね。この夢の中で食べたのも、ハンバーガー、ホットドック、焼きそば、ドーナッツ、たこ焼き……俺にとっても馴染みのあるものが多いですね。昔から、好きだったんですか?」
「う~ん、難しい質問だね。というか、私ってそもそも神に成る前は、ほぼゼリー飲料と缶詰しか食べたことなかったからね。神に成ってからは、食事とか必要じゃなくったから、そもそも実際に食べたことが無いってものも多いよ」
「なるほど……」
そういえば、以前に少し……人工島で生活してたみたいな話を聞いた覚えがある。アリスと知り合うまでは、外の世界を千里眼で見るくらいで、実際に体験したことはなかったと……。
そして、アリスと知り合って間もなく神に成り、そもそも食事が必要ではなくなった……たぶんだけど、マキナさんが好む食べ物は、アリスと一緒に食べたものばかりなんじゃないかと思う。
そう考えると、マキナさんもやっぱりなんだかんだで複雑な事情があるのだと、そう感じる。
そんなことを考えていると……不意にマキナさんがハッとした表情を浮かべた。
「……ここで、その質問。これは、まさかっ……遠回しのサイン!」
「うん?」
「愛しい我が子は、母である私の手料理を食べたがっているのでは?」
「……はい?」
「そっか、そうだよね。やっぱり、母の手料理となると、子供にとっては特別なものだよね。コレは迂闊だった。私自身が食事経験が少なかったし、言い訳するわけじゃないけど当然親の手料理なんて食べたことが無かったから、すっかりその発想が抜けていたよ。愛しい我が子は、母の愛に飢えてて、きっと今までもそれとなくサインを送ってくれてたんだよね。ごめんね、気付くのが遅くっちゃった。遅れた分はしっかり愛情でカバーするから許して欲しい。さて、そうなると、今度は何を作るかが問題になってくるよね。もちろん愛しい我が子の味の好みはもちろん、愛しい我が子がいままでの人生でなにを何個食べたかまで完璧に把握しているけど、安直に好物を作ればいいって話でもないよね。母の味ってのはそれはそれで、ひとつの特別感ある一品なわけだし、そこには味だけじゃなく温かみ、安心感も重要になってくるはずだよ。母である私がいて、その手料理を食べるということは、愛しい我が子にとっては至高のリラックスタイムなわけだし、ソレに相応しい優しい味わいを追求したいところだね。とりあえず全知でありとあらゆる料理は頭に叩き込んだけど、なにを選ぶかも私の母としての腕の見せ所、いまこのシチュエーションに合ったものというなら、やっぱりお弁当かな? 母の愛情が溢れんばかりに詰まった愛情弁当。おかずとしては、やっぱり愛しい我が子の好物であるハンバーグは入れたいところだね。冷めても美味しく食べられるように……」
どことなく狂気に染まった……それでもいつもよりは若干マイルドな感じで話すマキナさんを見て、さっきの複雑な同情の気持ちを返して欲しいと、そう思った。
まぁ、とりあえず本当に今回は暴走するにしてもマシな……マシだよね? ここからどんどん狂気全開になっていかないよね? ……とりあえず、普通に手作り弁当を食べるだけで終わることを願う。
……ちなみに、ここは夢の中である。人の見る夢と書いて――『儚い』と読む。
シリアス先輩「というか、この状態を……『あっ、今回はマシな暴走だ』とか思ってる時点で、大分毒されているような……」




