閑話・小さな茶会と揺れる花
快人とアメルがバーでイリスの用意したカクテルと軽食を楽しんでいる頃、イリスの本体は奇しくも同じタイミングでアイシスの居城にて料理を行っていた。
こちらは軽食というわけではなく菓子であり、焼き上がったケーキやクッキーを見て満足そうに頷いたあと、クッキーに伸ばされていた手を叩いた。
「……痛いじゃないか、筆頭殿」
「卑しい真似をするな」
「いや、私とてこうして手伝いという労働に対する対価というものが欲しくてね。ある種これは、正当な権利の行使と言えなくはないかい?」
「つまみ食いに正当な権利なぞない。どうせこの後で食すのだから、我慢しておけ……それとも、アイシス様より先に菓子を食べるつもりか?」
「ぐっ……それを言われてしまうと、大人しく引かざるを得ないじゃないか……」
つまみ食いをしようとしていたポラリスを軽くあしらいながら、イリスは菓子類をカートに乗せていく。
「ポラリス、紅茶の用意は?」
「ああ、問題ないよ。ちゃんと状態保存もかけてある」
「うむ、では行くとするか……」
ふたりが行っていたのは、言うまでもなくお茶の用意だ。今回はラサルがお茶会に参加できなかったこともあり、アイシスがせっかくだから自分と配下の皆でお茶をしようと提案したため、こうして準備をしていた。
あまり料理等が得意でないシリウスとラサルは、テーブルなどの用意をしている。
必要なものを用意し終えたイリスとポラリスは、アイシスたちが待つバルコニーへと移動する。
アイシスの居城は死の大地という、年中雪に覆われた極寒の地に建つ。通常であれば、雪や吹雪も多いためバルコニーで紅茶を楽しむなど不可能だが……ここに居るのは、魔界の頂点の一角たるアイシスと伯爵級最上位という圧倒的実力を持つ4人……その程度はなんの問題もない。
バルコニーには透明な結界魔法が貼られているため、雪などが入ることはなく温度も快適に保たれている。
ふたりがバルコニーに到着すると、すでにテーブル等のセッティングは終わっているみたいで、アイシスとシリウスとラサルが待っていた。
「アイシス様、お待たせいたしました」
「……ううん……ふたりとも……準備……ありがとう」
イリスの言葉に穏やかに微笑みながら答えるアイシス、その表情は凄く嬉しそうで配下とのお茶を楽しみにしているのが見て取れた。
「……私も……手伝ったほうが……よかったかな?」
「必要ないでしょウ。雑事ハ、我ら配下に任せておけばいいのでス」
「ああ、まったくもってその通り……ごく稀ではあるが、いいことを口にすることもあるのだな」
「貴様ハ、まったく準備作業の戦力にはならなかったがナ。むしロ、かえって手間が増えたぐらいダ」
「あ?」
「ハ?」
「やめんか、馬鹿ども」
例によって即座に睨み合って挑発し合うシリウスとラサルを見てため息を吐きつつ、イリスはポラリスと手分けして菓子と紅茶を配膳し、それが終わってからふたりも席に座った。
「……うん……すごく美味しい……やっぱり……イリスは……料理が上手だね」
「恐縮です。今回は、質のいいベリーが手に入ったので、それらを中心に作ってみました」
「私もある程度はできるつもりだったが、やはり筆頭殿の腕は大したものだよ。このクッキーの食感は見事だね」
「ああ、それは材料の混ぜ方にコツがあってな……」
死王配下は、なんというか互いに性格の相性がいいのか、あるいは毎日食事を一緒に行っている影響か、かなり仲は良い。
こうした席でも意図して話題を振らなくとも、自然と話が弾んでいくのがなによりの証拠だ。
「そういえば、ラサル。お前が施した術式は、私たちには反応しないのか?」
「あア、細かい説明は省くガ、正式に入り口から入った者には反応しないようにしてあル。侵入を察知して知らせるだけの簡単な術式だからナ、いろいろと複雑な条件を組み込むのも簡単ダ」
先ほどまで喧嘩腰だったシリウスとラサルも普通に話しており、なんだかんだと喧嘩しつつも気が合う様子が見て取れた。
そんな光景を幸せそうに眺めながら、アイシスも紅茶と会話を心から楽しんでいた。
そんなお茶会の様子を窓辺から見つめていたブルークリスタルフラワー……そこに宿るスピカは、ぼんやりと思考を巡らせる。
(楽しそうやなぁ。なんやろ、会話とかまでは聞こえんけど……ええ、雰囲気やね。死王さんも優しく楽しそうにわろうとるし、なによりやね。なんや、不思議な感じやけど……あの人が楽しそうやと、こっちまで楽しい気分になるなぁ)
初めはアイシスを警戒していたスピカだが、いまはそんなことはなく……むしろアイシスが浮かべている幸せそうな笑顔を見るのが楽しみになりつつあった。
(……ホンマに残念なんは、会話が聞こえへんことやね。あんなに優しゅう笑う死王さんは、どんな話をするんやろ……う~ん、なんやこの感じ、少しむずむずするなぁ)
窓から見える景色を楽しみつつ、スピカはいままで一度も感じたことが無かった気持ちに少し戸惑っていた。
(誰かと話したいなんて思うたのは、初めてや……う~ん、なんか、ちょお、落ち着かんなぁ……悪い気はせんけど……)
いままで感じたことが無い思いにむず痒さを感じつつも、不快感などはなく、むしろ……スピカは己の気持ちに、どこか心地よさを感じていた。
シリアス先輩「なんだかんだでラサルもすでに馴染みつつあるというか……ある程度死王配下の雰囲気が完成してきた気がする。スピカの方ももう少しで姿を現しそうだし、残るはウルペクラだけか……」




