番外編・『教えて、シャルたん先生! 権能編』
申しわけありません。今日はちょっと忙しくて執筆の時間が取れそうにないので、書籍版のミニエピソードをちょっと変えたものでお茶を濁します。
※時間軸としてはアイシスと付き合ったあと辺り
※この時は、アリスもフェイトもまだ快人の恋人ではない
あるよく晴れた日の昼下がり、アリスの雑貨屋に向かっていた。アリスは俺の護衛としていつもすぐ後ろについてくれているのだが、なんとなくアリスと雑談したり遊んだりする際は、雑貨屋の方に足を運ぶことが多い。
もうそれなりに歩きなれた道を通って雑貨屋に辿り着いて扉を開けると、そこにはアリス以外にもうひとりの人物が居た。
「うん? あれ? カイちゃんじゃん。やっほ~」
「フェイトさん?」
カウンターの前で宙に浮かぶクッションに乗り、猫の着ぐるみを着たアリスの分体と一緒にお茶を飲んでいたのは、神界の最高神であるフェイトさんだった。
なぜフェイトさんがここに居るのかと首をかしげる俺の前で、猫の着ぐるみがブレ、見慣れたアリスの姿に変わった……たぶん本体と入れ替わったんだろう。
そしてアリスは慣れた様子で、カウンターの前に俺用の椅子を用意しつつ口を開く。
「……フェイトさんはよく来ますよ」
「そうなのか……なるほど。まぁ、仲いいもんな、アリスとフェイトさんって」
「私とシャルたんはソウルフレンドだからね!」
俺の言葉を聞いたフェイトさんがグッとサムズアップをすると、アリスはどこか呆れたような表情を浮かべる。
「まぁ、私とフェイトさんは二万年前……クロさん一行が神界に殴りこんだ時からの付き合いですからね~この店にもしょっちゅう遊びにきますよ。商品買ったことねぇっすけどね……商品買ったことねぇっすけどね‼」
「……気持ちの上では、何万回も買い物してるんだけどねぇ」
「気持ちじゃ売り上げは上がらねぇんすよ!」
「でもでも、ちゃんとシャルたんの手伝いはしてるじゃん。前に私の部下の神殿貸してあげたしさ~」
なんとなくアリスがツッコミ側に回っているというのも珍しい。そしてなんか、フェイトさんから聞き捨てならない言葉が飛び出したような? 神殿を貸した? それってアレじゃない? 以前クロノアさんが言ってた、神族に化けて祝福やってたってやつじゃない?
どうやってもぐりこんだんだろうとは思ってたけど……神族側の最高神に共犯者がいたというまさかの展開である。
「まぁ、その辺は置いといて、カイトさんに説明すると……フェイトさんはよくここに逃げ込んでくるんですよ」
「……うん? 逃げ込んでくる?」
「えぇ、私の店はちょっと特殊で、探索魔法とかで探知できないようにしてますので」
「そうそう、シャルたんの認識阻害魔法は世界一だから、ここに居ると時空神にも見つからないんだよねぇ~」
相変わらずクロノアさんは苦労しているようだ。今度クロノアさんに、この雑貨屋の場所を教えてあげよう……そうしよう。
「まぁ、さすがにフェイトさんとかライフさんの権能を使われると見つかっちゃいますけどね」
「それはしょうがないよ。基本的に魔法じゃ同系の権能には敵わないんだしさ……まぁ、いざそうなったら、シャルたんならその辺りも偽造して上手く切り抜けちゃうんだろうけどね」
「そういえば、俺はよく知らないんですけど……魔法と権能ってどう違うんですか?」
何気なくフェイトさんの言葉が気になったので、魔法と権能の違いについて聞いてみることにした。なんとなくいまのフェイトさんの言葉を聞く限りは、権能は魔法の上位の力って感じがしたけど……実際のところはどうなんだろう?
そんな俺の疑問に対し、アリスとフェイトさんは一度顔を見合わせたあとで頷き合い、アリスの方が口を開いた。
「……そうですね。カイトさんも神族の知り合いが増えてきましたし、ちょうど最高神であるフェイトさんもいるので、権能について説明しましょうか?」
「うん。よければ頼む」
「はいはい、それでは準備しますね~」
「準備?」
言うが早いか、アリスはどこからともなく巨大な黒板を取り出し、学校に置いてありそうな机と椅子も同時に出現し、そこになぜかフェイトさんが座る。しかも、よく見るとなぜかアリスの服装が白衣に変わっている。
そしてアリスとフェイトさんは再び顔を見合わせ、一度頷いたあとで同時に口を開いた。
「「教えて! シャルたん先生‼」」
「……」
なんか、小芝居始まった⁉
「というわけでこのコーナーは、私ことシャルたん先生が生徒の疑問に答えていきます」
「はい! シャルたん先生!」
えっと、つまりはアリスが先生役で、いま勢い良く手を挙げたフェイトさんが生徒役ってことかな? なんかもう、聞く相手を間違えた感が半端じゃないんだけど……。
あと神族のフェイトさんじゃなくて、アリスの方が説明するのか……まぁ、フェイトさんに先生役とかは無理そうだけど。
あまりの展開に俺が呆然としていると、アリスはドヤ顔を浮かべつつ、手を挙げているフェイトさんを指さす。
「はい、生徒のフェイトさん。質問をどうぞ」
「疲れたんで、帰っていい?」
「はえぇっすよ⁉ まだ質問をひとつもしてないですからね! ほら、あとでクッキー焼いてあげますから、真面目にやってください」
「……は~い」
果たして俺は、どんなリアクションを取ればいいのだろうか? 完全にアホ二人組ではあるが、片や魔界の頂点の一角たる六王で、片や神界の最高神である。
こんなふたりが、世界でトップクラスの地位についていて大丈夫なのだろうかと、そんな心配すら浮かんでくる。
「じゃあ、改めてシャルたん先生! 質問です!」
「はい、どうぞ」
「バナナはおやつに入りますか?」
「う~ん、そうですねぇ。バナナは栄養価も高く、小腹が空いたときにも食べやすい、実にご機嫌な食材なのでおやつには含みませ――って、なにボケをおかわりしてるんすか⁉」
ノリツッコミである……なんていうか、仲良いなこのふたり。そしてやっぱりこの組み合わせだと、アリスがボケ側じゃなくてツッコミ側に回るみたいだ。
実際こうしてみてみると、なんだかんだでいいコンビに見えるし、性格的な相性もいいのかもしれない。
「いや、やっぱ一回はやっておかないとって思ってね。じゃ、改めて、神族の使う権能ってなんなの~?」
なお、繰り返しになるが、質問している側が神族の最高神なので、茶番にもほどがある。
「権能とは神族の持つ固有の力で、例外なく世界の神であるシャローヴァナル様から直接与えられているものです。そして権能は同時に、その神が司っているものでもあります。神族の〇〇神っていう呼称は、その権能を指して呼んでいますね」
「へぇ~でもそれって、魔法とは違うの?」
「えぇ、似ているようで大きく違います。権能は理そのものなので、魔法と比べて上位の力と言えますね」
「せんせ~もっとわかりやすく教えてください」
「そうですね。スポーツに例えるなら、魔法は個人が磨くことができる技術、権能はルールそのものって言った感じですかね? そもそもの存在の格として、権能の方が上位にあたります」
権能について説明しながら、アリスは黒板に絵を描いていく。描かれたのは、フェイトさんとアリスをデフォルメしたキャラクターと、いくつかのサイコロ。
「例えばフェイトさんの持つ運命の権能を例に挙げて考えてみましょう。まず大前提として、因果律操作自体は超高位の魔族にも行える者は居ます。未来視をしたり、因果律を操作したりという魔法も存在します」
「あれ? じゃあ、権能と同じことが魔法でもできちゃうってこと?」
「もちろんすべてとは言いませんが、可能です。たとえば、このサイコロの出目を確定させるとか、そんな程度なら私にも簡単に行えます。では、ここで問題です。このサイコロの出目を確定させる効果を、私とフェイトさんが別々に使ったとしたら、どうなるでしょう? 私は一を出そうとして、フェイトさんは六を出そうとした場合……どちらが出ると思いますか?」
「う~ん……それはやっぱり、力の強い方なんじゃないの?」
たしかにアインさんも時間を操作していたりしたし、権能で行えること自体は魔法でも行えるというのは納得できる。
しかしそうなってくると、ますます魔法と権能の違いが分からない。そう思っていると、フェイトさんが的確にアリスに質問してくれるので、なんだかんだで分かりやすく説明は進んでいっている。
「ところが、そうはなりません。仮に私の方がフェイトさんの何倍も強かったとしても、この場合は必ずフェイトさんが指定した六が出ます。それは、権能が魔法より上位であるというのが世界の理……ルールそのものだからです。なので、魔法と権能で同じことをしようとした場合、必ず権能が優先させるわけです」
「じゃあ、権能の方が魔法よりずっと凄い力ってこと?」
「ところが、一概にそうとも言い切れません。権能というのは非常に特化した力なので、その権能に対応していない事は行えません。魔法は個人の技量次第で出来ることはいくらでも広がりますが、権能は強力な反面効果が限定されるわけです」
「ふむふむ」
言ってみれば、万能型の力と特化型の力って感じだろうか? 魔法は幅広く様々なことが行えるが、その反面同じ効果では権能に絶対に敵わない。
対して権能は、特定の範囲であれば絶対の力を行使できるが、反面定まったことしかできないので応用はあまり聞かないって感じだろう。
「……まぁ、私のはいろいろできるけどね」
「……例外はあるってことっすね。フェイトさんの権能は基本的にあらゆる事象に干渉できる最強の権能です。だからこそ、フェイトさんがシャローヴァナル様を除いて神族最強なわけですし……」
確かに、因果律に干渉できるフェイトさんの権能は、言ってみればなんでもできる。早い話が、フェイトさんは己の権能が効かない相手以外には、絶対的に上位に立てるってこと……うん、改めて考えてみるまでもなく、とてつもないチート能力である。
逆にクロノアさんの時の権能なんかは、効果自体は超強力だけど、出来ることは限られるってタイプなのかもしれない。
「じゃあ、ついでにもうひとつ。そもそもなんで、権能は魔法より上位の力なの?」
「これは単純ですね。権能は言ってみればシャローヴァナル様の持つ力の複製みたいなものだからです。シャローヴァナル様は世界の神。つまるところ、世界において最上位のものであるわけですね」
なるほど、確かにシロさんはこの世界を創造した神だ。つまりシロさんの力こそが、この世界にとっては絶対の法則であり、もっとも強力だというのは納得できる。
(つまり……私が、ルールです)
それはちょっと、意味が違うと思います。
当たり前のように脳内に語り掛けてきたシロさん……声はいつも通り抑揚がないし、たぶん表情も変わってないんだろうけど……なんとなくドヤァという効果音が聞こえた気がした。
(ドヤァ)
いや、律儀に口に出さなくていいですから……まぁ、ともかくシロさんが凄いというのは十分伝わりました。
(もっと褒めてもいいのですよ? 褒めると、私が喜びます)
それはまたの機会に……。
シロさんとの会話? を適当なところで切り上げ、アリスとフェイトさんに視線を戻す。
「……なるほどねぇ。よく分かったよ! ありがとう、シャルたん先生!」
「いえいえ、他に質問はありますか?」
「は~い! どうやったらカイちゃんを堕とせますか‼」
おい、先ほどとは比べ物にならないぐらい真剣な表情でなに聞いてるんだ最高神……。
「そうですね。カイトさんはこう見えて、ぶっちゃけ押しに弱めです。強引に迫ったりは、クロさんに止められるでしょうから推奨できませんが……逆に言えば、クロさんが介入しない程度であれば強引なのは有効です。たぶん無理やりデートに連れ出したとしても、なんだかんだで付き合ってくれますからね」
「ふむふむ」
「なので、フェイトさんの縋って甘える路線は効果的です。むしろたぶん、いまよりもう少し要求をおとなしめにするだけで、結構甘やかしてくれるとおもいますよ。カイトさん基本的にお人好しですし」
こっちはこっちで、なにを真面目に答えているんだ六王……しかも、割とガチで有効そうな手段じゃねぇか⁉
たしかに、例えばフェイトさんが結婚しようとか、養ってだとか、そういうことじゃなく……買い物に付き合ってだとか、一緒に遊んでとか、そういう要求をしてきた場合……なんだかんだで了承してしまいそうではある。
まぁ、幸いなのは、フェイトさんはたぶんそれを実行しては来ないだろうということかな? いまもメモは取ってるけど、たぶんいざ実行段階になったら面倒になっていつも通りになりそうだ。
「さらにカイトさんの好みのシチュエーションを推定すると……」
「むむっ、カイちゃんの好み⁉」
なんだろう? ものすごく雲行きが怪しくなってきた。このままだと、俺のプライバシーどころか……自分さえ知らない性癖まで公開されそうな。
と、止めないと……でも、アリスはともかくフェイトさんが止まってくれるだろうか? クロがタイミングよく来てくれるとも限らないし……。
(魔法の言葉を教えましょう)
うん? 魔法の言葉?
(『助けてシロさん』、そう言うだけですべて解決します)
……えっと、う、う~ん。心の中でも有効かな? ……助けて、シロさん。
「「ひぎゃっ⁉」」
「……え?」
心の中でそう呟いた瞬間、アリスとフェイトさんの頭上に……『ピコピコハンマー』が現れ、それがふたりの頭に振り下ろされた。
そしてピコッと可愛らしい音がしたかと思うと、なぜか世界でも最高レベルの力を有するふたりが、頭を抱えて転げまわる。
「……ちょっ、カイトさん。なにが起こったか想像できますが……このハンマー超痛いんすけど⁉ なんて方に助け求めてるんですか、マジ止めてください。その方、加減ってものが分かってねぇんすから……魔力防御全部貫通した上に、『痛覚に直接』激烈な痛み与えてきましたよ⁉」
「申しわけありません! シャローヴァナル様! 全面的に私の不徳の致す限りです⁉ ほ、本当に申し訳ありません‼ どど、どうかお許しを……」
「……あっ、いや、その……本当に、ごめん。って、フェイトさん! 落ち着いてください⁉」
「申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません申し訳ありません……」
思った以上に恐ろしい効果だった。アリスは加減を知らないシロさんの強烈な攻撃にのたうち回っていた。しかし、それ以上にフェイトさんのダメージが深刻だった。
神族であるフェイトさんにとって、シロさんに叱られたという事実は俺が考えていた以上に大事件だったみたいで……のたうち回ったあと半狂乱で俺に向かって土下座して、床に何度も頭を打ち付けながら、壊れたレコーダーのように申し訳ありませんと連呼していた。
助けてもらおうと思って発した魔法の言葉は、あまりにも予想外の威力を発揮し……そこから数十分、主に精神に多大なダメージを負ったフェイトさんのフォローのために、シロさんにお願いして出向いてもらったりと……尽力することになった。
この危険すぎる魔法の言葉は、二度と使うまいと心に強く誓った瞬間だった。
しかし、運命とは皮肉なもので、俺は後にこの言葉を再び使い……一匹のワイバーンがそれはもう悲惨な目にあったのだった。
シリアス先輩「……あぁ、このピコピコハンマーがのちに快人の手に渡って、変態鳥に使われることになったのか……」




