お茶会で深まる絆②
カミリアさんとロズミエルさんと会話を楽しんだあと、カミリアさんに貰ったカードを持ってリリウッドさんの元を尋ねようとした。
しかし、会場の入り口に向かう途中で、やたら元気のいい声が聞こえてきた。
「マスター! マスター!」
「……」
ブロッサムさんである。声が聞こえた方に視線を向けてみると、近くのテーブルで滅茶苦茶嬉しそうに手を振っていた。
なんというか、大型犬が尻尾を振っているようなイメージである……あと相変わらず、声がとても大きい。
集まる注目になんとも言えない気持ちになったが、ここで無視するのも失礼なので、ブロッサムさんの居るテーブルに移動すると、同じテーブルにはリーリエさんの姿も見えた。
ブロッサムさんは俺がテーブルの近くに来ると、勢いよく椅子から立ち上がろうとしたが、その直前にリーリエさんが静かに口を開いた。
「……ブロッサム」
「ッ!? あ、はい……大人しく座ってます」
一言名前を呼んだだけであったが、ブロッサムさんはビクッと肩を動かし、立ち上がろうとしていたのを止めて椅子に座りなおした。
なんとなく二人の力関係が見えたというか、どうもブロッサムさんはリーリエさんに逆らえないっぽい感じがする。
「リーリエさん、ブロッサムさん、こんにちは」
「こんにちは、ミヤマカイトさん。ハーモニックシンフォニーに続いて、こうしてお会いできて嬉しく思います」
「お疲れ様です、マスター! 広い会場でこうして巡り合えるなんて、素晴らしい偶然ですね!! 拙者とマスターの強い絆の成せる業ですね!!」
「……ブロッサム、もう少し声のトーンを落としなさい」
「あっ、はい。失礼しました」
やっぱり、そうだ。ブロッサムさんはテンションが高くなると人の話を聞かないところがあるが、リーリエさん相手だとそんな感じがない。
というか、一言で興奮気味のブロッサムさんを大人しくさせられるって、いったいどういう関係なんだろうか?
そんな風に思っていると、リーリエさんは俺の表層意識を読み取って考えていることを察したのか、軽く笑みを浮かべながら口を開いた。
「ミヤマカイトさんの疑問の答えは単純ですよ。私はブロッサムが精霊として実態を得てすぐの頃から、彼女を指導していました。言ってみれば師匠と弟子と言っていい関係なんですよ」
「なるほど……」
ブロッサムさんは体育会系っぽい感じがするし、師匠であるリーリエさんには服従って感じなのかな?
「ええ、リーリエ様にはとても多くためになる指導をしてくださいました。時に優しく、時に厳しく、時に凄く厳しく、時にとてつもなく厳しく……」
「……」
ああ、違うなこれ、リーリエさんの言葉に素直なのはどっちかというと恐怖の感情によるものというのが強そうな感じだ。
なにせ、厳しくを三回強調しながらいうぐらいだから、相当な目にあったのだろう。
しかし、少し意外ではある。リーリエさんはむしろ優しそうな感じだと思うんだけど、意外と指導する時はスパルタなのかもしれない。
そう思っていると、リーリエさんがため息を吐きながら口を開いた。
「いえ、私としては優しく指導したかったですし、初めはそうしていましたよ。ただブロッサムはかなり思い込みが激しい上に、調子に乗りやすい性格なので、必然的に厳しく指導することが増えたんです」
「……あぁ、なるほど」
なんか凄く納得してしまった。たしかにブロッサムさんは思い込みが凄まじいし、テンションが上がると人の話を聞かない上に、調子に乗りやすそうな感じがする。
基本的に思考がポジティブというか前のめりだから、周囲がブレーキにならないとどんどん突っ走るタイプだと思う。
「なにはともあれ、リーリエ様の指導のおかげで今の拙者があるといっても過言ではありませんので、厳しさは有れど愛を感じる素晴らしい指導でした!」
「……残念ながら、性格の矯正はできなかったのです。ポジティブすぎるのも考えものですね」
先ほどまでの震えはすっかり消え、グッと拳を握りながらどこか感極まったように告げるブロッサムさんを見て、リーリエさんは少し呆れた感じでため息を吐いた。
ただまぁ、個人的にポジティブ思考に関してはブロッサムさん以上の相手を知っている。
「……ブロッサムさんより上ですか、それはいったい?」
「クロのところのトーレさんです」
「ふむ、名前は知っていますが、あまり話したことはない相手ですね」
「あの人もなかなか凄いですよ」
むしろトーレさんに関しては、果たして思考がマイナスによることがあるのかどうかも疑わしいレベルである。なにせ、トーレさんもアインさんやツヴァイさんにかなり厳しく叱られているはずなのだが……まったく欠片もふたりを怖がる感じもなく、懲りてる様子もない。
まぁ、その底抜けな前向きさがトーレさんの魅力ともいえるので、一概に悪いともいえないが……。
~おまけ・魔界に伝わる話~
【黒い森の怪物】
黒い森はとても恐ろしいところ、飢えた魔物、惑いの木、魔力を喰らう花、あらゆるものが迷い込んだ者を死へ誘う。
一度黒い森に足を踏み入れてしまえば、自力で脱出するのは困難だ。惑いの木が生み出す霧で、すぐに右も左も分からなくなる。
待ち受ける運命は凶暴な魔物に喰われるか、恐ろしき植物たちに魔力を吸いつくされるか……。
だけど、もしもアナタが黒い森に迷い込み、それでも生きたいと願うなら……一か八か助けてくれと大きな声で叫んでみよう。
声が枯れるほどに必死で助けを呼ぼう。
もし、運が良ければアナタの前に巨大なラミアが現れるので、そのラミアに迷ったことを伝えれば森の入り口まで連れて行ってくれるだろう。
だけど、決して、そのラミアと友達になってはいけない。
ラミアのどんな問いかけにも、必ず「お前とは仲良くなれない」「お前と友達になれない」と答えなければならない。
もし、それを守らずラミアと友達になってしまえば、その瞬間そのラミアは…『黒い森で最も恐ろしい怪物』へと変貌してしまうから……。
※魔界で不用意に黒い森に近づかないように伝わっている話。死の殉教者に捕まって研究材料にされるというVerの話も存在する。
※実際はアリスの指導があるので一般人に手を出すことはない。
※キャラウェイやイータ&シータがティアマトを黒い森の怪物と呼んでいたのは、この話の影響。




