閑話・理解者
現有翼族の長であるアメルは、物心ついた時には自分は特別な存在なのだと思っていた。快人の居た世界では中二病などと呼ばれる思春期特有の全能感とでもいうべきか、己が周囲とは隔絶した存在だと強く思っていた。
ただ、傲慢であったかと言えばそうではない。アメルは己の心に思い描くカッコいい自分であろうとしていただけであり、その言動は変わってこそいたが他者を貶めたり見下すようなものではなかった。
それだけであれば、早めの思春期程度で済んだ話かもしれない。だが、彼女は、アメルは……事実として特別な存在だった。
黒い翼を持つ有翼族の特殊個体であり、若くしてその実力も同族たちを圧倒していた。過去の有翼族の誰よりも強く、500歳になるころにはその力は爵位級高位魔族にすら匹敵するものとなっていた。
その強さと妙なカリスマ性もあったため、彼女は有翼族の長を受け継ぎ、名実ともに特別な有翼族となった。
しかし、悲しいかな……特別とは、異端でもある。アメル自身としては、己が思い描くカッコいい自分であろうとしていただけだが、それは周囲には奇妙な言動と認識された。
「特別な存在だから、ほかの者とは違う思考なのだろう」と周囲はそう思った。別にアメルを馬鹿にしたりしたわけではなく、自分たちには理解できない考えなのだと、そう割り切っただけに過ぎない。
合理的な判断ともいえるかもしれない。そういった視線に晒される側の心境を考慮しなければ……。
アメルに理解者は存在しなかった。元々有翼族という種族自体が、あまり他の種族とは積極的に交流しない種族ということもあり、彼女に友人と呼べる存在はいなかった。
尤も、アメルはそのことを悪いことだとは思っていなかった。己は特別であるから、周囲に理解されないのも仕方がないし、孤高であるのもある意味当然だろうと……まぁ、出来れば、理解者が……友人が欲しいという思いが無かったわけでもないが……。
そんなアメルに大きな転機が訪れたのは、生まれて800年が過ぎた頃、界王リリウッド・ユグドラシルの招待を受けて参加したお茶会の場だった。
そこで偶然ひとりの男性……宮間快人を見た時、彼女の心には落雷が落ちたかのような凄まじい衝撃があった。いままで感じたことのない感覚、頭の中まで痺れるようなそんな感覚だった。
言ってしまえばそれは、彼女が快人に『一目惚れ』をしたが故の衝撃だったのだが……彼女は、アメルはそうとは認識しなかった。
そもそもではあるが、アメルに恋愛経験などない。それどころか友人もおらず、その手の会話など誰かとしたことはない。
だからアメルは、その衝撃と一目惚れであるとは思わず……『彼もまた自分と同じ特別な存在で、特別な存在同士が通じ合ったが故の衝撃』と、そう認識した。
元々それなりに思い込みの強い性格であるアメルは、快人こそが己の理解者足りえる存在なのだとそう確信し、ウキウキとしながら声をかけた。
突然のことで戸惑っていた快人の様子に少し不安になったりもしたが、一緒にお茶をして会話をすればすぐにそんな不安は消えてなくなった。
快人は己を奇異の目で見ることはなかった。時々、アメルの発言に考えるような表情を浮かべることはあれど、アメルに対する嫌悪の感情などは一切なく、アメルの言葉や思いもちゃんと理解してくれた。
(やっぱり、ミヤマくんもボクと同じ特別な存在なんだ! ボクの言葉を、思いを、ちゃんと理解してくれるし、ボクのことをカッコいいって言ってくれる。嬉しいなぁ、こんなに楽しいのは、生まれて初めてだよ)
もっともっと、いつまでも話していたいと思えるほど、アメルは短時間ですっかり快人のことを気に入っていた。
まぁ、そもそも、快人にしてみればアメルは中二病っぽい言動をするだけで、ほかにいくらでも頭のおかしい変人を知っていることもあって、アメルのことを特に変だとは思わなかった。
ただ本人のまったく気づかないところで、快人は完全にアメルの『理解者がいない』という悩みを解決してしまっており、言葉を交わすたびに天井知らずにアメルの好感度は上がっていた。
(……そうか、ボクにいままで理解者がいなかったのは、ここでミヤマくんと出会うからだったんだ! きっとボクたちは前世で硬く友情を誓い合った盟友だったんじゃないかな? うん、きっとそう、ミヤマくんのこと盟友って呼ぼうかな……へ、変じゃないよね? 引かれたりしないよね?)
大きな喜びと少しの不安を抱きつつ、アメルは快人のことを『盟友』と呼んだ。そして、彼女が望んだ通り快人はそのことに文句を言ったりすることもなく、その呼び方を受け入れた。
アメルの心に歓喜の嵐が吹き荒れたのは言うまでもない……まぁ、快人にとって、変な呼び方をされるのは慣れっこだったので、別にツッコまなかったのだが……変に噛み合ってしまったことで、アメルの好感度はさらに爆増することになった。
快人はまったくあずかり知らぬ事ではあるが……仮にいま、この瞬間に快人が唐突にプロポーズしたとしても、アメルは受け入れるであろうというレベルにまで好感度は上がっている。
ただ、アメルの方もまだその感情を恋とは理解しておらず、理解者と巡り合えた喜びとしか思っていない。
心の中で歓喜の想いが吹き荒れているアメルが、いつしかその恋心を自覚した時……また、ふたりの関係はひとつ変わるのかもしれない。
シリアス先輩「800歳ってことは、ラグナやフォルスと比べて若いのか……」
???「ですね。その若さと、精神的に幼さがあるのがいい方向に転んだのかもしれませんね。これが、あと数千年経ってたら、昔のアイシスさんみたいに荒れていて、仲良くなる難易度が上がっていたかもしれませんね」
シリアス先輩「……仮にそうだとしても、余裕でフラグ建てそうなのが快人の怖いところだよ……」
???「そうっすね……たしかに、快人さんならそれでもなんとかしそうっすね」




