ハーモニックシンフォニー後編④
ロズミエルさんの出し物の場所から中央は近く、まだ時間にも少し余裕があったので歩いて移動することになった。
先ほどルナマリアさんにツッコミを入れるために出現したアリスも、再び姿を消す前に葵ちゃんに話しかけられたためか、そのまま姿を現したままである。
「……シンフォニア王都周辺の魔物って言うと、こんなところでしょう」
「ありがとうございます、アリス様! 勉強になります」
「……本当に、カイトさんが変なこと教えるからっすよ。そのせいでアオイさんとヒナさんが、たびたび地下の武器屋に質問に来るんすから……」
「あはは、まぁ、でも、なんだかんだで結局答えてあげるのがアリスらしいよな」
以前はアリスに対して若干恐れているような感じがあった葵ちゃんと陽菜ちゃんだが、冒険者になる際のアレコレによって、口では突き放すようなことを言いつつも、なんだかんだでアリスが面倒見がよくて優しいと分かったのか、最近は結構懐いている感じがある。
呼び方も幻王様から、アリス様に変わってるしね。
ふたりは冒険者になってからたびたび地下の武器屋に訪れており、武器の手入れ方法などにアドバイスもらったりと、結構いろいろ教わっているみたいだ。
アリスはその原因となった俺に文句を言うような表情を浮かべているが……俺の記憶違いでなければ、あの時にアリスが指導することを提案したのはクロだった気がする。
「アリス様、私も質問していいですか?」
「……いい加減ハーモニックシンフォニーに意識を戻して欲しいもんすけど……それで、なんですか?」
「魔物の話が出てましたけど、いっちばん強い魔物ってなんなんですか?」
「……ふむ」
陽菜ちゃんが口にした質問は、正直俺も興味がある。たとえば、ベルの種族であるベヒモスは伝説の魔獣と呼ばれており、トップクラスの強さというのはよく聞くが『最強の魔物』と聞いたことはない。
「どこまでを魔物に含むかによってある程度は違います。基本的に魔物っていうのは、細かい基準を説明すると長くなるのでザックリとですが、一定以上の力と知能を持つとみなされた場合は魔物ではなく魔族として扱われます。この辺の判定はマグナウェルさんがやってますね」
「どっちかだけじゃなくて、力と知能の両方が必要なのか?」
「ええ、例えばカイトさんのペットであるベルフリード……ベヒモスは、力だけなら魔族の認定を受けてもおかしくないのですが、知能が低めなので魔族ではなく魔物という区分ですね」
俺の質問にアリスが簡潔に答えてくれる。言われてみると年齢とかの差もあるはするのだろうが、ベルとリンを比べると、リンの方が知能という面では高い気がする。
「能力的には魔族と認定を受けた一部の竜種を上回るほど強いと考えると、やっぱりベヒモスが最強の魔物なのでしょうか?」
「ベビモスと並び称されるワイバーンの特殊個体であるニーズヘッグは、知能も高いのである程度の年齢からは魔族の区分になりますので、アオイさんの言う通り魔物としての最強はベヒモスといえるかもしれません……が、なぜそう呼ばれていないと思います?」
「……他にもっと強い魔物がいるから?」
アリスの言葉に、リリアさんたちはなにか思い当たることがあるといった感じの表情を浮かべていたので、たぶんなにか他に強い魔物が存在するということだろう。
「まぁ、アレを果たして魔物っていう扱いでいいのかどうかは考えものですが……リリアさんたちは分かりますよね? 最強の魔物といえば、なんだと思います?」
「希少過ぎて直接目にしたことは無いですが……『ミスティックシルバー』ですよね?」
「「「ミスティックシルバー?」」」
リリアさんが口にした聞き覚えのない魔物の名前に、俺と葵ちゃんと陽菜ちゃんは首を傾げる。
「その通りです。まぁ、三人は聞き覚えが無いでしょうから説明しますと……ミスティックシルバーというのは、過去に100体以下しか確認されていない上に、『最長でも1日で自壊して死ぬ』という性質があります。というか、極端な話だと魔物というよりは『一部の魔物が暴走した姿』というのが正しいかもしれません」
「暴走した姿?」
「ええ、全部で4種類ほどいますが、周囲の魔力を取り込む性質を持つ狐型の魔物が、短期間に己の許容量を超える膨大な魔力を体内に取り込んでしまった結果、暴走した姿ですね。魔力溜まりと呼ばれる魔力が集まりやすい場所で発生するケースが多いですが、規則性はありませんし、殆どの場合は許容量を超える魔力を取り込んだ時点で死亡します……が、極稀に死なずに魔力暴走を引き起こして暴れまわることがありまして、その状態がミスティックシルバーと呼ばれています」
そこでいったん言葉区切り、アリスはなにやらメモ帳のようなものを取り出して絵を描く、銀色の光に包まれた……というか、銀色の光が狐の形をしているような絵、たぶん、それがミスティックシルバーの外見なのだろう。
「ミスティックシルバーは特殊個体とかではなく、複数種類の狐型魔物で確認されています。さらにこのミスティックシルバーは、変異する段階で尻尾の数が変化して『1~9本』の尻尾を持つのですが、法則性はなくランダムっぽいですね。そして尻尾の数が増えるほどその力も強大になります。1本の尾のミスティックシルバーはあまり大したことは無いですが、9本の尾のミスティックシルバーは別格です」
「その9本の尾のミスティックシルバーが最強の魔物ってこと?」
「ええ、初めて確認されたのはリリウッドさんの治める土地のひとつで、その際はたまたま近くに居たリーリエさんが対応したので被害はなく討伐されたのですが、その際にリーリエさんがリリウッドさんに『対応したのが男爵級レベルであれば後れを取っていたかもしれない』と報告したことで、ちょっとした騒ぎになりました。なにせ、爵位級レベルの力を持ちながら知性が無くて暴れまわるなんて、まさに災害ですからね」
つまり9本の尾のミスティックシルバーは、高位魔族どころか爵位級並の力を持った危険な魔物というわけだ。
前に聞いた話では、すでに成体のベヒモスより強いベルに辛勝できるジークさんでも爵位級には届かないという話なので、たしかにそれは最強の魔物と呼ぶにふさわしいかもしれない。
「まぁ、ミスティックシルバーはいろいろ特殊なんですよ。最初の言った通り、結局のところ大量の魔力で暴走している状態ですし、放っておいても一定時間経つと死に至ります。正直魔物と呼ぶよりは、魔力災害の一種と考えたほうが適切かもしれませんね」
「なるほど、勉強になります」
「まぁ、それこそ数百年に一匹現れるかどうかレベルですし、どこにいつ現れるかも不明、なんなら現れても人目に触れる前に死んでるパターンも多いと、不明な部分の多い魔物ですね」
例外というのもは存在しうる。謎多き最強の魔物であるミスティックシルバー……実はすでにそこに、例外となる存在は生まれ得ていた。
己の許容量を遥かに越える魔力を取り込んだ結果、変異して暴走し、死に至る。それがミスティックシルバーの特徴だった。
しかし、親が余波でショック死するほどに膨大な魔力を赤子の身で取り込みながら、異常なほどの才覚を持ってその許容量を超えているはずの魔力を完全コントロールして己のものに変えた結果……いまだ世界で前例のない『十本の尾のミスティックシルバー』に変異しながらも、完全に自我を保ったまま安定した例外中の例外と呼べる存在が居た。
その存在がのちにとある六王の目の前に現れることを、いまはまだ誰も知らなかった。
【ウルペクラ】
十本の尾のミスティックシルバー、なのに暴走していないし自壊もしない、知能も異常なレベルで高く、才能はもはや世界のバグレベルと……アリスちゃんが割と本気で頭を抱えたイレギュラー極まりない存在。
膨大な魔力は完全に体の内に留めているせいか、赤ん坊といっていい現在では戦闘力は低め、現在なにかに導かれるように広大な魔界を北に向けて移動中。




