閑話・地縛星 中編
死の大地にあるアイシスの居城……いま、その城のエントランスは、なんとも言えない空気になっていた。
地に頭を擦り付け、土下座するラサルと戸惑ったような表情を浮かべるアイシスとポラリス……そんな中で、ラサルは土下座のままで思考を巡らせていた。
(ふ、ふざけるなヨ! 死の王……死の王と言うなラ、私のような死霊術士カ、あるいはあの奇抜なリッチみたいなやつが出てくるべきだろうガ!! これハ、駄目だろウ! これハ、反則じゃないカ! なにが死の化身ダ! こいつハ……死そのものと言っていい存在だろうガ!?)
ラサルは死霊術士であり、死という概念に近しいところに居る。だからこそ、彼女にはアイシスの纏う死の魔力がいかに凄まじいかを、ほかの者たちより理解できた。
それゆえに、己が絶対に勝てない相手だということも即座に理解した。
(勝てる訳がないだろウ! 死霊術士はいわバ、死という強大な力の一端を借りて戦う存在ダ。その死霊術士の私ガ、その力の本家本元と言えるような相手に勝てるわけがなイ!?)
言ってみれば、遭遇して一目見ただけでラサルの戦意は完全に折れていた。
(どうすル? すでに扉を壊しテ、配下らしき相手に喧嘩を売っタ……い、いヤ、まだ具体的なことはなにも言っていなイ。とりあえズ、扉を壊したことを謝罪しよウ)
心の中で必死に思考を巡らせるラサルに対し、アイシスは少し戸惑った様子で声をかける。
「……えっと……」
「扉を壊してしまい申し訳ありませんでしタ!!」
「……う、うん……それは大丈夫だけど……貴女は?」
「ラサル・マルフェクと申しまス! 死王様に会いたくてきたのですガ、つ、つイ、気がせっテ……」
嘘は言っていない。目的はともかくとして、アイシスに会いに来たというのは事実である。とはいえ、もはや完全にラサルの心は折れており、アイシスとの戦闘など絶対に考えられないような状態だ。
故に彼女の思考を占めているのは、いかにこの場を乗り切るかというものだった。
すると、そのタイミングでポラリスがなにかを考えるような表情を浮かべて、口を開いた。
「……もしかして、アイシス様の配下になりにきたのでは?」
「……は?」
「いえ、私も筆頭殿に連れられてアイシス様の元に来るまで気が急いて仕方がなかったのを覚えています。彼女もアイシス様に早く会いたいと思うあまり、扉を壊して入ってきたのではないでしょうか?」
「……そ、そうなの?」
ポラリスの告げた言葉はラサルにとって予想外のものであり、必死に思考を巡らせていた最中だったこともあり、思考が一瞬完全に止まった。
その隙にポラリスが己の考えを語ると、アイシスは明らかに嬉しそうな表情に変わった。
「いままではきっと、遠慮していた部分もあるのでしょう。最近アイシス様の配下が増え始めたという話を聞いて、急いでやって来たのではないでしょうか?」
「……そうなんだ……ラサルは……私の配下になりに来てくれたの?」
「……その通りでス」
……ラサルは折れた。アイシスは明らかに喜んでおり、それを否定すると機嫌を損ねてしまうかもしれないという思いがあった。
故にとりあえずこの場を乗り切るために、話に乗っかることにした。
「……どうしテ、こうなったんダ……」
アイシスによって与えられた城の一室で、ラサルは頭を抱えていた。
長年の研究をついに完成させ、さぁここからが躍進の時だ。己の研究の成果を世界に示してやろうと……そう思っていたはずが、実際はその研究の成果を使うまでもなく戦意をへし折られて、倒すつもりだった相手の配下になってしまった。
「……ラサル……入っていいかな?」
「アイシス様? は、はイ、どうゾ!」
聞こえてきた声に背筋を伸ばしながら返答すると、扉が開きアイシスが入ってきた。
「どうされましたカ?」
「……うん……まだ会ったばかりで……ラサルのことをよく知らないから……よかったらお茶でも飲みながら……話をしよう」
「は、はァ……わ、分かりましタ」
何事かと思えばお茶の誘いだったので、少し肩透かしを食らったようになりつつも、もはや完全にアイシスに逆らう気がないラサルは提案に頷く。
「……よかった……じゃあ……用意するね」
「……待ってくださイ、アイシス様が紅茶を用意するのですカ?」
「……うん……そうだけど?」
「い、いヤ、逆でしょウ。王たるアイシス様ガ、配下である私に茶を淹れるのハ……むしロ、私がアイシス様に茶を用意するべきでハ?」
「……ラサルがお茶を淹れてくれるの? ……嬉しい……ありがとう」
「………………少々お待ちヲ」
満面の笑顔で喜ぶアイシスを見て、毒気を抜かれたような……なんとも言えない表情を浮かべつつ、ラサルはカップを手に持ち、紅茶を用意した。
シリアス先輩「……この時点ではまだアイシスに忠誠を誓っているってわけじゃなくて、流されて配下になった感じかな? なんだかんだで最後にアイシスのために紅茶を用意してたり、すぐに絆されそうな雰囲気はあるけど……」




