閑話・地縛星 前編
今日4月26日は、コミカライズ6巻の発売日です!
そしてなんと今回、KADOKAWA様がコミック販促用のCMを作ってくれました! 活動報告にリンクを張っているので、よかったら見て見てください。
魔界屈指の危険地帯として知られる黒い森、そこを根城にしている幻王配下幹部十魔の一角、巨大なラミアであるティアマトは、聞こえてきた足音となにかを引きずるような音に首を傾げる。
こちらに向かってくる足跡は、魔物のものではない。いかに魔界でも屈指の危険な魔物の生息地とはいえ、遥か格上であるティアマトに近づこうなどと考える愚かな魔物はいない。
黒い森にはたまに道に迷った魔族が入り込むこともあるが、今回聞こえてくる足跡は森の奥からであり、そちらには同じ黒い森に住みながら、ほぼ交流らしい交流もない死霊術士しかいない筈だ。
すると、そんなティアマトの思考を肯定するように、森の奥から巨大な棺桶を持ったローブ姿の女性……死の殉教者と呼ばれる死霊術士、ラサル・マルフェクが歩いて来た。
「……驚きました。貴女が洞窟から出ているところを見るなど、いつ以来でしょうか?」
「うン? 何度か見たラミアだナ。まァ、いイ……研究が完成しタ、私はここを出ル。洞窟に残っているものハ、好きにするといイ」
「研究? よくはわかりませんが、おめでとうございます……でいいのでしょうか? しかし、悲しいですね。なにが悲しいって、別れ以前にこれが『初のマトモな会話』という点が……」
「フ、たしかお前ハ、六王幹部だったカ? だとすれバ、いずれまた会うこともあるだろうサ」
ティアマトとラサルは同じ黒い森を根城にしているが、ラサルがそもそも数百年に一度外に出るかどうかというレベルで洞窟に引きこもって研究に明け暮れていたので、ふたりの間に交流はほぼ無い。
2~3度、ラサルがいらなくなった品をくれる……という体で、大量に投げ捨てていくことはあったが、会話らしい会話はほぼ無い。
なんならラサルは、ティアマトの名もロクに覚えていないだろう……まぁ、そういった希薄な関係、単に近くに住んでいるだけという関係だったから、ティアマトの性癖が顔を出すことも無かったのだが。
「そうなのですか? それより私が六王幹部であると覚えてくれていたのですね。嬉しくも悲しいです。もしかすると貴女と仲良くなることができた可能性も……」
「名前は忘れたがナ」
「……悲しいです」
「まァ、そういうわけダ。それじゃあナ」
「ええ、いずれまたどこかで」
天然ではあるが、ラサルは上手く地雷をかわして黒い森から出ていき、ティアマトも軽く見送ったあとは興味を失ったかのようにいつも通り同族たちの墓に向けて歌い始めた。
ちなみにティアマトは快人が綺麗な歌声だと感じたように歌は上手い。ただ、彼女が歌うのは基本的に鎮魂歌ばかりだ。
故に彼女はハーモニックシンフォニーへは参加していない。あの行事の場に鎮魂歌は相応しくないだろうと、そう思っているから……。
「……そういえば、結局なんの研究をしていたのかは聞きそびれましたね」
魔界の最北端、死の大地。雪の積もったその大地を、ラサルは巨大な棺桶を担いで悠然と歩く。長年続けていた研究……『死の永久循環』による死霊の増殖に生成……結果として完成する『無限の死霊兵』。
彼女は死霊術士として究極ともいえる力を作り上げた。死体がなくとも、死者の魂がなくとも、いまの彼女は際限なく死霊兵を生み出すことができる。
あくまで死霊、生命の創造とは言わないが、ラサルは死霊術士としては禁忌とすら呼んでいい領域に足を踏み入れた。
故に彼女は珍しく上機嫌だ。己が死霊術士として掛け値なく、世界最強と呼べる高みに辿り着いた確信があったから……。
ラサルは死霊術士として思い描いていた完成形へたどり着いた……ならば次はどうするか? その得た力を存分に振るうだけだ。
「クカカカカ! さァ、始まりダ! 私を差しおいテ、死の王などと名乗る愚か者ニ、教えてやらねばならないナ。誰ガ、真に死の王たる呼び名に相応しいかヲ!」
高揚した気分のままに、ラサルは死の大地にポツンと立つ巨大な城の前に辿り着く。そしておもむろに巨大な棺桶を自分の前に置く。
その棺桶の蓋が開くと、とてつもない魔力が放たれ、巨大な扉を粉々にした。
「さァ、行くとするカ」
「……残念だ。扉を壊して入ってくるような相手は、客とはとうてい思えないね」
「……ほゥ」
城に一歩足を踏み入れたラサルの前に現れたのは、白いとんがり帽子を被った女性……ポラリスであり、その姿を見たラサルは感心したように眉を少し上げた。
(コイツがそうカ……なるほド、王と名乗るだけのことはあル。純粋な戦闘力でハ、私よりやや上かもしれなイ。大したものダ……だガ、私の無限の死霊の前にハ、その程度の差など無いも同然ダ!)
アイシスの姿を見たことがないラサルは、ポラリスをアイシスと勘違いした。そして、その実力が己と互角か、やや上回るレベルと認識しつつも、十分に勝算はあると踏んだ。
そして、巨大な棺桶を手に持ち、戦闘を開始しようとしたタイミングで透き通るような声が聞こえてくる。
「……大きな音がしたけど……どうしたの?」
「アイシス様! 襲撃です! 突如扉を壊してコイツが――え?」
現れたアイシスに警告しつつ構えようとしたポラリスだったが……目の前の光景に思わず言葉を失った。なぜなら、先ほどまで完全に戦闘開始直前という雰囲気だった侵入者が……いっそ美しいまでの土下座を披露していたからだ。
状況が分からず不思議そうな顔をするアイシスと、状況の変化についていけずポカンとするポラリス……そのふたりの前で、地に頭を擦り付けるようにしながら、ラサルは震えながら大量の汗を流していた。
(こ、コイツが本物の死王? ……ガチのやつじゃないカ!?)
シリアス先輩「決まった~! 初手土下座!!」




