閑話・意外な縁
シンフォニア王国の南区画にある小さな商店。扉には定休日を知らせる札が出ており、今日は休みのはずの店の中では、ふたりの人物が机を挟んで向かい合い、それぞれの後方に付き人らしき者が待機していた。
「……というわけでして、当商会としてはある程度まとまった数を仕入れさせていただきたいと考えています」
「なるほど、悪くはない話だとは思いますね」
紫髪にヒョウ柄の服といった独特な格好をした三雲商会の会長、三雲茜はにこやかな表情を浮かべながら話を進めていく。
今回の彼女の目的は、この店で販売されている少し変わった品の仕入れ交渉だった。というのも、最近その品がハイドラ王国で人気が出ており、高騰の兆しが見えたのでいち早くそれを仕入れようと動いていた。
転移魔法によって各地を移動する三雲商会は、とにかく機動力と仕入れの早さが売りであり、今回もかなりの商機と考えていた。
それにその品は高騰の兆しこそあれど、まだ現時点では高騰しているわけでもなく、多目に仕入れれる可能性は高いと踏んでいた。
(……まぁ、ウチの読みではほぼ確実に跳ねる。このネタを早う仕入れられたんは幸運やったな……出来れば、いい条件で仕入れたいとこやけど……はて、この代理人はいかほどのもんかなぁ?)
茜と向かい合う相手はこの店の店長ではなく、この店に出資している投資家であり、今回は交渉ごとに不慣れな店主の代わりにこの場に出てきていた。
「もちろん急なお話ですし、相場に少し金額は上乗せするつもりですよ」
「ほぉ、それは本当にいい話で……ところで、その相場は『シンフォニア王国の相場』でしょうか? それとも『ハイドラ王国の相場』でしょうか?」
微笑みながら告げられた言葉を聞いて、茜は笑顔を浮かべたままではあったが、内心で少し悔しがっていた。
(くっそぉ……遠回しの牽制、ハイドラ王国ってわざわざ口にするってことは、高騰の兆しもしっかり掴んどる……やり手か、厄介やなぁ)
投資家が口にしたハイドラ王国という単語で、目の前の存在も自分と同じような情報を掴んでいることを悟り、茜は目の前の存在がかなりのやり手であると認識を改める。
できれば、三雲商会が有利な条件で契約を結びたかったところではあるが……そのまま互いに探りながら話を進めていくうちに、茜は目標を修正することに決めた。
(……あかんわ、ごっついやり手や。迂闊にこっち有利の条件を引き出そうとしたら、手痛いしっぺ返し喰らいそうやし、それ以上に気を抜くと不利な契約になりかねん。しゃあない。欲張るんはやめて、五分の条件で契約を結ぶことを目的に切り替えるしかないかぁ)
目の前の投資家が極めてやり手であり、舌戦で押し勝つのは難しいと考えた茜は、目的を下方修正して五分の条件での契約を狙うことにした。
するとそのタイミングでメイドのフラウが、ソッと茜に耳打ちをする。
「……アルクレシア帝国にも似た商品を扱う店があるようです」
茜にだけ聞こえる声で告げられた言葉を聞き、茜は静かに思考を巡らせる。
(フラウがわざわざ声かけてきた理由は分かる。たしかに、そっちの方がええ条件で取引できそうや、さすがに目の前のこの人ほどのやり手が、そうゴロゴロはしてへんやろうし……ウチやったら移動に時間もかからん。さて、どうするか……)
しばらく思考を続けたあとで、茜は軽くため息を吐いて電卓の魔法具を取り出して、そこに数字を入力する。
「……これぐらいでいかがでしょうか?」
「これはまた、相場よりかなり高い金額ですね。よろしいのですか?」
「ええ、この商品はこの金額でも十分に利益ができる価格まで、ほぼ確実に高騰すると踏んでいます」
この交渉は確実に通ると茜は踏んでいた。提示した金額は彼女にとってはあまりいい数字ではない。当初想定していた利益よりかなり下になるのは間違いないだろう。
ただ、相手の店は他国への販売網が強くないので、己たちでハイドラ王国に販売するという手段はなく、これだけの好条件を出せば拒否するという選択肢もないと考えた。
そして、茜の読み通り彼女が提示した金額で合意となり、契約は無事に結ばれた。
店から出て、移動商会の馬車へと向かって歩きながら、フラウは茜に尋ねる。
「よかったのですか、あの金額で契約して……私としては、アルクレシア帝国に仕入れにいった方が、確実に利益は出たと思いますが」
「せやな、ウチもそう思うわ」
「では、なぜ?」
「う~ん……多少損してでも、縁結んどいたほうがええ気がしてな。いやまぁ、明確な理由があるわけやのうて、商人としての勘ちゅうたら、それまでなんやけどな」
実際、茜としてもフラウのいう通りアルクレシア帝国に仕入れにいった方が利益は出たと感じているし、そうでないにしても今回の交渉でも、もう少し低い金額で契約結べたはずだった。
しかし、茜は多少損してでも、相手に好印象を抱いてもらうべきだと直感で感じ、それに従った。
「……あの投資家、かなりのやり手やし、あの強気な感じ……資金力も相当のもんやと思うんよ。好印象持ってもらっといたほうが、今後得になりそうな気がするな」
「なるほど」
「まぁ、小さい商店との交渉であんなゴツイの出てきたんは、完璧誤算やったけどな……」
「そうですね……あと、彼女たぶん伯爵級ですよ。一緒に来ていた付き人の方も……」
「嘘やん……」
「間違いないかと……」
「有名な方なんかもしれんな……ちょっと伝手当たって調べてみるか……確か『アニマ』って名前やったな」
縁とは奇妙なものであり、茜の商人としての直感……その直感による行動が奇しくも快人との縁を結ぶことになった。
シリアス先輩「確かにこれは意外、まさかそこから繋がってくるとは……」




