閑話・もうちょっと後 前編
友好都市ヒカリにある定食屋水連では、店主の香織が手際よく料理を行っていた。まだ開店時間までは早い時間帯であり、本来なら下ごしらえをしている時間だが、今日は来客の予定があるため下ごしらえは先に終わらせていた。
そして、まもなく訪れるであろう人物のために行っていた料理がひと段落するタイミングで、店の入り口ではなく裏側の扉がノックされた。
「……いらっしゃい重さん! ハンナさんも!」
「今日も早くから悪いな香織ちゃん」
「こんにちは、カオリさん」
訪ねてきたのは香織と同じ過去の勇者役である初老の男性大蔵重信とその妻であるハンナだった。
重信とハンナは香織の年の離れた友人であり、現在も月に一度程度の頻度で香織の店にやってきていた。
「気にしないで、開店前じゃないとゆっくり話せないし……ささ、中へどうぞ」
「邪魔するよ。ああ、香織ちゃん、これうちで採れた野菜だ。またなんかの機会にでも食べてくれ」
「いつもありがとう! 今日は重さんに是非食べてもらいたいものがあってね。凄いから期待してていいよ」
「へぇ、そいつは楽しみだな。俺の方も、ちょっと面白いネタを仕入れてきたから、あとでソレについても話すとするか」
重信とハンナを店内に案内し、カウンターの席に座ったのを確認してコップに入れた水を出す。そして、香織はなにやら自慢げな表情を浮かべつつ、ふたりの前に白米の入った椀を出した。
「本当はおかずと一緒に出すべきなんだけど、まずはこれを自慢したくてね!」
「白米か? いい艶だな。どれ――っ!? おいおい、コイツは驚いた」
「どう? 凄いでしょ?」
「ああ、本当に数十年ぶりに美味い米ってのを喰った気分だ。よくぞまぁ、こんなレベルの米を見つけたな」
「本当、すごく美味しいですね」
香織が出した白米の味に、重信もハンナも驚いたような表情を浮かべる。重信自身も和食党ということもあり、ふたりも個人的に米は仕入れている。
現在は隠居して趣味で畑を作っている程度の身ということもあり、自分で米を栽培していたりはしないが、米に関してはかなり拘ったものを仕入れていた。
元々この世界において白米はハイドラ王国の辺境で少数栽培されていたということもあり、あくまで他の国に比べるとではあるが、ハイドラにはそれなりに米を作っている農家が存在する。
重信もかなりいろんな農家の米を試して、それなりに高価ではあるが一番美味しいと思う米を仕入れていたが……いま食べた米は、それとは明らかにレベルが桁違いだった。
「最近ちょとした伝手で紹介してもらったラズリア様……私はラズ様って呼んでる妖精が作っている白米だよ。本当にレベルが高いでしょ?」
「ああ、とんでもねぇ。俺も買い付けたいレベルだが……これは、相当値が張るんじゃないか?」
「いや、それが……紹介してくれた人のおかげでもあるんだけど、その人の紹介だからってかなり安く……それこそ、前仕入れてた米の3分の2ぐらいの価格で仕入れてさせてもらってる」
「そうなのか……なぁ、香織ちゃん。無理にとは言わねぇんだが……」
「大丈夫! 重さんも絶対に欲しがるって思ってたから、多目に仕入れてるよ。重さんにはお世話になってるし、仕入れ値でいいよ」
「そいつはありがてぇ、これからもこの米が食えるとなると楽しみだ」
重信が米を欲しがるのを予想していた香織は、あらかじめラズリアに対して知り合いに売ってもいいかの確認を取った上で多めに仕入れを行っていた。
喜ぶ重信をみて香織も笑顔を浮かべつつ言葉を続ける。
「まぁ、そもそも、ラズ様が住んでいるのが魔界で毎月仕入れに行ったり、来てもらうのも悪いから……半年分まとめて仕入れてあるから、量の調整も全然効くしね」
「半年分? カオリさん、そんなに仕入れて保管は大丈夫ですか?」
「いやそれがね、ハンナさん……これ、見て」
ハンナの質問を聞いて、香織はなにやら苦笑しつつ、掌の上に『黒いマジックボックス』を出現させる。
「おいおい、香織ちゃん……とんでもねぇもん買ってるな。黒色とは、日本円だと余裕で億越えだろ?」
「それがね、重さん……これ買ったんじゃないんだよ……貰ったんだよ」
「は? 貰った?」
「うん。ラズ様が、『お米さんの保管に便利ですから差し上げるですよ!』って……いや、もちろん断ったんだよ。そんな高価なもの貰えないって……そしたら『別に大したものじゃないですから、お米さんをいっぱい買ってくれたお礼ですよ~』って……なんだろうね、大したものじゃないんだって、黒いマジックボックス……住む次元の違いを感じたよ」
「その、ラズリア様という方は……いったい何者なんですか?」
桁外れに高価なはずの黒いマジックボックスをポンとくれたという話を聞いて、ハンナが唖然とした表情で聞き返す。
もちろん香織にとってもこのレベルの魔法具をタダでくれるというのは常識の範疇外であり、ふたりの驚愕はよく理解できた。
なにせ彼女自身もいまだに、本当に押し切られる形で受け取ってよかったのかと考えているのだから……。
もっともこれには、ある一つの認識の違いが存在する。一般的にはたしかに黒い魔水晶を用いた魔法具は桁外れに高価ではあるが、クロムエイナの家族……それも『トーレと親しい者たち』にとっては、その限りではないのだ。
そう、極端な話だが店て安い魔水晶を買って、トーレに魔水晶の純度を変化させてもらってからマジックボックスの魔法具を自分で作るなり、ゼクスに頼んで作ってもらうなりすれば安価で作れてしまうのだ。
まぁ、普通に買うにしても、ラズリア自身大農園と言っていいレベルの畑を有し、野菜などをクロムエイナの持つ商会に卸しているため、相当の財力があるのでやはり大した金額ではないのだが……。
「……私も気になって聞いてみたんだけど……初代妖精王で、いまはクロムエイナ様のところの幹部みたいなポジションにいる方なんだって……」
「……なにがどうなったら、定食屋の店主がそんなとんでもねぇ相手を紹介してもらえるんだ?」
「……本当にね」
重信の言葉に、香織は最近よくするようになってしまった遠い目をした表情を浮かべた。
シリアス先輩「言われてみれば、トーレに頼めば黒い魔水晶はいくらでも手に入るのか」
???「まぁ、迷惑をかけないようにそんなに高頻度では頼まないみたいですが、たまに依頼してるようですよ。まぁ言うまでもなくトーレさんなので、ふたつ返事で『おっけ~』ってすぐに比率を変えてくれますね」
シリアス先輩「その姿が目に浮かぶようだ」




