教主オリビア⑪
なだらかな坂を歩きながら、恐縮しまくっている感情が伝わってくる背中のオリビアさんに声をかける。
「オリビアさん、そんなに恐縮しなくても大丈夫ですよ」
「い、いや、しかしですね……ミヤマカイト様に坂を歩かせ、己は背の上でのうのうとしているなど、千年に一度の大犯罪と言っても過言ではないと思うのです」
「過言です。とてつもなく過言です。う~ん、というか、まだ出会ってそれほど時間は経ってないですけど、俺ってそういうことを不敬だ~とかって言いそうなイメージあります?」
「いえ、無いです」
「じゃあ、まったく問題ないじゃないですか、なにせ張本人である俺が不敬じゃないと思っているんですからね」
まぁ、もちろんオリビアさんの立場としてシロさんの恋人である俺に対して恐縮する気持ちは分かる。ただ、本当に俺はその辺まったく気にしないとい。
できれば、もう少し気楽に接してほしいものだが……。
「……だからこそ……不安なんです」
「うん?」
「分かっています。確かにまだ、それほど多くの時間は経っていないですが、それでも……ミヤマカイト様が本当に優しい方というのは、分かっているつもりです」
聞こえてくるオリビアさんの声は真剣そのもので、俺も言葉を返さずに静かに聞き続ける。
「……きっとミヤマカイト様は、本当に私がなにか不敬な行為を行ったとしても、不敬じゃないと、気にしなくていいと優しくいってくれるんだと思います」
「……」
「だからこそ、不安になってしまうんです。気づかないうちに、本当は私はミヤマカイト様を不快にさせてしまっているんじゃないかと……」
「なるほど……」
言われてみればたしかに、相手次第だとそういうこともあるかもしれない。必ずしも誰しも不安を口に出したり、態度で表したりするわけじゃないし、表面上は笑っていても実はということはあり得ない話ではない。
ただ、かといって、それをすべて察するというのも難しいものだ。気にし過ぎないのが一番だが、オリビアさんは凄く真面目な性格だからこそ、そういうのを気にしてしまうんだろう。
「オリビアさん、俺はここまでオリビアさんと一緒にいて不快だと思ったことは無いですし、不敬だとか感じたことも無いですよ。気を使って言ってるとかでもないです」
「ミヤマカイト様……」
「それに、アレですよ。いろんな人によく言われるんですけど、俺って顔に滅茶苦茶出やすいタイプらしいので、本当に不快に感じてたりしたらすぐ顔に出たりするんだと思うんですよ……そういう感じの顔、してました?」
「い、いえ」
「じゃあ、大丈夫ですよ。オリビアさんのように、相手のことを考えてあげられるのはとても素敵だと思いますけど、気にし過ぎてしまっても駄目だと思います。なにごともほどほどが一番いいのかもしれません」
「……」
そう伝えると、オリビアさんはなにか感じるものがあったのか、少しの間沈黙した。そして、俺もそれ以上は、なにも言わず静かな空気の中で足音だけが聞こえる。
そのまま坂道と進んでいると……少しして小さく、囁くような声が聞こえてきた。
「……もっと厳格で、立場に厳しい人だったなら……私はこんなにも悩むことなんて、無かったんでしょうね」
「……」
「だけど、実際に話してみた貴方は優しくて、温かくて……私を冷静ではいさせてくれません」
小さいが確実に聞こえてくる声、感慨にふけっているかのように紡がれる言葉を静かに聞く。オリビアさんから感じる感情には、多くの戸惑いや混乱があったが、それ以上に優し気な感情が伝わってきていた。
「わざわざ、命令などと言わなくても……ミヤマカイト様が強く言えば、私は逆らえないというのに……ボートに乗った時も、いまも……貴方はわざわざとってつけたように命令と強調して、私に逃げ道を用意してくれます。ミヤマカイト様の命令なのだから仕方がないと、心に湧き上がる罪悪感を和らげる術をあえて与えてくれる」
そのタイミングで、オリビアさんの手に力が籠り、ギュッと俺にしがみ付きながら絞り出すように言葉を告げる。
「貴方は優しくて、やっぱり少し意地悪です……全然、私を冷静でいさせてくれません。駄目だと、そう思うのに……気を抜くと、その温かな優しさについ、甘えたくなってしまう」
「別にいいんじゃないですか? 俺だって生きてくうえでいろいろな人に甘えて、いろいろと助けてもらってますし……オリビアさんが俺を頼って甘えてくれるなら、俺としてはそれは嬉しいことですよ。まぁ、どこまで力になれるかは分かりませんがね」
「……本当に、貴方は少しだけ…………意地悪ですね」
小さく呟かれたその声はとても優しく、伝わってくる感情には温かな好意が含まれているような気がした。
少なくとも、俺が告げた言葉はオリビアさんに届き、少しだけ彼女にとって考えを変えるきっかけになったと、そう思えた。
シリアス先輩「ば、馬鹿な!? ヒロイン力が、上がっているだと……」




