教主オリビア⑩
オリビアさんをおぶるためにしゃがむ俺に対し、オリビアさんは震える声で呟く。
「ミヤマカイト様、これは大変なことですよ……とてつもなく恐れ多いです。時代が時代なら、私は処刑されていてもおかしく無いような不敬ですよ」
「いや、どんな時代であっても、俺から申し出ておぶっておいて処刑とか、そんなの無いです」
とりあえずオリビアさんがとてつもなく恐縮しているのは分かるが、まぁその辺りは諦めてもらおう。
さて、ここでひとつ問題になるのは、オリビアさんをおぶって石碑の場所を目指すという点だ。オリビアさんは軽そうに見えるが、それでも人ひとりをおぶって移動するのはそれなりに身体能力が必要だ。
平地であれば問題ないが、なだらかとはいえ坂道となると中々に大変だろう。
……と、本来であればそう思うところではあるが、その辺りは抜かりはない。実は先ほどの休憩の際に、俺が飲んでいたのはオリビアさんに渡したスポーツドリンクではないのだ。
俺が飲んでいたのは、ネピュラから貰った世界樹の果実をアリスにドリンクにしてもらったものである。ネピュラの世界樹の果実は、1時間ほどの間身体能力や魔力といった能力を1.5倍にする効果がある。
これによって俺の身体能力は通常時の1.5倍……ではない。ここで注目すべき点は、魔力も1.5倍になることだ。
それにより俺の少ない魔力量が強化されることによって、身体強化の魔法の効果も高まる。
強化された魔力による身体強化、果実の効果による身体能力の上昇、そのすべてを総合した場合……現在の俺の身体能力は通常時の『3倍』にまで高められている。
ふふふ、自分の力が恐ろしい。パンチングマシーンなんてロクに遊んだことはないので自分のパンチ力はよく分からないが、仮に普段の俺のパンチ力が100kgだとすれば、現在の俺のパンチ力は300kg……まさに殺人パンチである。
それだけではなく、スピードもパワーも通常時の俺とは桁が違うのだ。いまの俺はバトル漫画にも参戦できそうなレベルと言っていいかもしれない。
……まぁ、ちなみに、身体強化が得意な陽菜ちゃんの身体強化魔法は通常時の数十から数百倍の強化率である。陽菜ちゃん、もう音速越えてるからね……バトル漫画でも結構強い方のレベルではないだろうか?
なお、身体強化魔法が得意でない葵ちゃんの強化率は十倍前後である……うん、やっぱ俺にバトルは無理だな。なんなら、葵ちゃんにもワンパンでやられそうである。
まぁ、バトルはさておいてオリビアさんを背負って石碑まで辿り着くぐらいの能力は十分あるわけだ。
「……というか、あの、オリビアさん? しゃがみ続けているのもアレなので、早めにおぶさってください」
「……は、はい。了解しました」
俺が声をかけると、オリビアさんは意を決したように呟いてゆっくりと俺の体におぶさってきた。
ふわりと漂う心地よい香りと、柔らかな温もりにドキリとしたが、オリビアさんをしっかり支えるように集中し、膝の裏に手を添えて立ち上がる……って、軽っ!?
ちょっと身体能力を上げ過ぎたかもしれない……普通の身体強化魔法だけで事足りた気がする。
「ミ、ミヤマカイト様、だ、大丈夫ですか? 重くはないでしょうか? 私は大柄ではないとはいえ、ひとりを抱えるのは、人の身にはかなりの負担だと……」
「驚くほど軽いですよ。まったく問題ないです」
「そうですか、ミヤマカイト様は強靭な肉体をお持ちなのですね」
「あ、あはは……」
強靭? 俺の知り合いの中で思いつく限り、俺より身体能力が低そうなのはトーレさんぐらいなので、どっちかというと貧弱だと思うのだが……。
オリビアさんの言葉に苦笑を浮かべつつ、最初はバランス感覚を掴むために少し慎重に歩き出し、慣れてきたら少しペースを上げる。
うん。上昇してる身体能力のおかげでかなり余裕がある。これなら会話したり、景色を楽しんだりも問題なさそうだ。
「素晴らしい体幹を感じさせる淀みない足取り、力強ささえ感じる背、感服いたします」
「う、うん?」
「これほど容易く難題をこなすさまは、さすがはミヤマカイト様と、そういうほかありません」
「えっと……」
「しっかりと前を見つめる目はすべてを見通すようでありながら、強い知性の光も宿しているように感じられます。やはり尊きお方というのは、なにも語らずとも隠しきれぬ凄みが……」
なんか、めっちゃ褒めてくれるんだけど? なんなら、呼吸しただけでも褒めてくれそうなレベルの褒めちぎり方である。
あとなんなら、今日一レベルで饒舌だ。その原因は感応魔法でなんとなく察することができた。
「……オリビアさん、とりあえず落ち着きましょう。恐縮しまくっているのは分かりましたので……」
「うっ、は、はい」
うん、やっぱりというかなんというか、俺におんぶされるということに恐縮してテンパった結果の褒めちぎりだったみたいだ。
……なるほど、オリビアさんはテンパると褒めちぎってくるのか……覚えておこう。
「とりあえず、危ないのでもう少ししっかり掴まってください」
「え、えっと、どのようにすれば……」
「俺の首の前に手を回す感じで」
「それは世が世なら火炙りにされても仕方が無いような不敬では?」
「そんな世はありませんので、大丈夫です」
まぁ、とりあえず、雑談とか景色を楽しむ前にオリビアさんの恐縮具合をどうにかしなければならなそうだ。
シリアス先輩「大袈裟に思えるだろ? けど、快人から言い出したんじゃなく、嫌がる快人におぶさったりしたら、マジで不敬で処刑しようとする奴がそこそこ思いつくっていう」
マキナ「そうなの?」
シリアス先輩「いや、お前がその筆頭!?」




