教主オリビア⑨
のんびりボートを楽しんだあとは、オリビアさんの要望通り勇者の丘に向かうことにした。オリビアさんの転移魔法で勇者の丘の麓に辿り着き、あとは観光用のコースに従って丘を登っていくことになった。
観光の時間帯から外れていることもあり人は全然おらず、どことなくのどかな雰囲気だ。
勇者の丘は割と世界的に神聖な場所といった感じなので、あまりゴテゴテしたものはなく石碑がある丘とそこまで登る道こそ整備されているが、それ以外は自然のままといった感じで、これはこれでいい雰囲気である。
石碑まではそれなりに距離があるので、途中に木造りのベンチなども設置されていて休憩しながら登れるようになっている。
まぁ、とはいっても登山というほどキツイわけでもないので、休憩はいらないだろう。
……と、登り始めた時点では、そう思っていたのだが……。
「……はぁ……はぁ……はひぃ……」
「あ、あの……オリビアさん、大丈夫ですか?」
「も、問題ありません……はぁ……まったく……はひっ……」
いや、大分あるよね問題……まだ半分も登ってないのに、かなり息切れしているというか、大分必死に見える。
かなり緩やかな坂のはずだが、登山の後半ぐらいの疲れ方である。
「……気のせいじゃなくて、大分しんどそうですよね? え? けど、なんで……」
「迂闊でした……はぁ……ここは……友好都市の範囲外……なので……」
「あっ……」
オリビアさんの言葉を聞いて、思い至る。オリビアさんはシロさんから与えられた権能と同種の力により、友好都市の中では最高神に匹敵する力を発揮できる。
そして都市の外では一般人並みの力しかないというのは聞いた。聞いたのだが……。
「とりあえず、もうちょっとでベンチがあるので、そこで休憩しましょう」
「いえ、問題ありません。ミヤマカイト様にご迷惑をおかけするわけには……」
「俺も休憩したいので休みましょう!」
たぶんだけど、オリビアさんは権能なしの場合は、一般人は一般人でも体力がない一般人ぐらいの身体能力なんだと思う。
とりあえず木造りのベンチにオリビアさんを座らせてから、マジックボックスからドリンクを取り出して手渡す。
「オリビアさん、どうぞ」
「も、申し訳ありません」
「急ぐ必要も無いですし、ゆっくりいきましょう」
オリビアさんに手渡したのは、スポーツドリンクである。なぜスポーツドリンクがマジックボックスに入っているかというと、最近大量に仕入れたのでそこそこの数を入れていたからだ。
元を辿れば葵ちゃんと陽菜ちゃんの要望で作られたものだ。というのも、俺の家の地下にアリスの武器屋があり、そこで葵ちゃんと陽菜ちゃんが買い物をしているのだが……初めは本当に武器防具だけだったのだが、徐々に冒険者向けの品ぞろえが増えてきていた。
そしてアリスが追加の商品に関して葵ちゃんと陽菜ちゃんの要望を聞いたところ、普通の水ではなくスポーツドリンクのようなものが欲しいという話があり、アリスが作ってくれたのだ。
俺も結構ジョギングとか継続しているのでそれなりの数を買ってマジックボックスに入れた。
あと余談ではあるが、そのスポーツドリンクがリリアさんたちにも好評だったので、アリスは表向き十魔のニアさんが代表を務める商会でそのスポーツドリンクを売り出した。
すると、冒険者や騎士団を中心に売れまくったみたいで、大分ホクホク顔になってた。
「……もう大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」
「いや、オリビアさん……足プルプルしてますけど、全然大丈夫そうに見えないんですが……」
「大丈夫です。最悪私のことは捨て置いてくれれば問題ありません。その気になればすぐ友好都市に戻れるので……」
「う、う~ん」
さて、どうしたものか……正直オリビアさんがこのまま石碑の場所まで辿り着けそうな感じはしない。明らかに運動慣れしていない感じだ。
……まぁ、権能抜きにすればほぼ祈りばかりで大聖堂の外にすらほぼ出ていなかったことを考えると仕方ないと言えば仕方ない。
本人は捨て置いてくれと言っていたが、せっかくオリビアさんが行きたいと要望してくれた場所なんだし、無下にするのも気が引ける。
「……分かりました。オリビアさん、ここから先は俺がオリビアさんをおぶっていくことにします」
「なっ!?」
本当に傾斜は緩やかだし、距離もそこまでではないのでおぶった状態でも問題なく辿り着くことはできるだろう。まぁ、問題はそれをオリビアさんが納得するか否かである。
「だ、駄目です! 絶対に駄目です!! 迷惑をかけるどころの話ではすみません。ミヤマカイト様にそのような負担をおかけするなど……」
「……オリビアさん」
まぁ、とはいっても、オリビアさんがそういうのは分かり切ってたし、ここで行く行かないの問答をする気もないのだが……。
そんな思いを込めて苦笑を浮かべると、オリビアさんは分かりやすいぐらいに青ざめる。
「再考を! どうか! 私が罪悪感で押しつぶされてしまいますので、どうか再考を……」
「俺がオリビアさんをおぶって石碑の場所まで行きます。これはもう決定事項なので従ってください……命令です」
「ぁぁぁぁ……ひどぃ」
だって「どうしますか?」とか確認したら、絶対自分の気持ちは抜きにして戻ろうって言うに決まっているので、基本押し切るしか選択肢はないのだ。
俺が意地でも譲らないのを察したのか、オリビアさんはガックリと諦めたような表情で肩を落とした。
シリアス先輩「丘を登るという関係上、おんぶになる可能性が高いと思っていたが、やはりそうなったか……しかし、侮るなかれ、密着度合いで言えばお姫様抱っこよりおんぶの方が上なのだ。つまりこれ……次話はいちゃいちゃするんじゃないか? ……ちくしょうめ」




